【視点:山桜桃蒼】
見たくない。
まぶしい笑顔から目を逸らす。
おれはそんなに強くはなくて、弱くて、だから。
二組に分かれていく皆から逃げるように、一人そっと離れていった。
寂れた喫茶店を歩く。
埃まみれで赤茶けたカトラリーが散乱した店内。
まるで直前まで誰かがいたかのように、調理器具だとか、そういったーー全てのものがそのまま残されていた。
長い年月を捨て置かれ錆びた包丁。
錆びを落とせば使えるかも、なんて考えながら、宛てもなく散策して、隣の店へ行こうとした。
「………?」
ふと。
後ろから誰かに見られているような、そんな気配を感じた。
……ここは廃村で、他の皆は別行動をしているのだから、誰もいるはずがない。
そのはず。
そのはずだから、きっと気のせいだろう__……。
……ほとんど物の残っていない百貨店。
建物全体が傾いた民家。
苔に覆われたそれらを道なりに、なんとなしに見て歩く。
ザク、ザク。
割れた窓ガラスの破片や乱れた砂利を踏みつける。
ザク。
足音をたてて、進む。
足音、ーーーー……………、
そう、足音が、ずっとおかしいんだ。
自分の歩く音以外にもう一つ、もう一人分の音が聞こえる。
それはおれの少し後ろにくっついて、ずっと、ずっとついてきている。
視線が、音が、いないはずの誰かの存在を確かに主張している。
ここにいる、と。
振り返る。
___________誰もいない。
__……
【視点:雪成氷華】
「人、ほんとにいないんですね…なんだか不気味です!」
「はい、不気味ですね……」
景彦お兄ちゃん、李々ちゃん、それからボク。
うきうきと顔を輝かせるボクとは正反対に、景彦お兄ちゃんはどこかしゅんとしているようだった。 1
「あっ、お兄ちゃんはボクが守りますからねっ!」
元気づけようと胸を張ると、
「じゃあ氷華はわたしが守るね」
と李々ちゃんが言う。
「りりちゃんがボクを守ってくれるんですか…?!えへへ、よろしくお願いしますねえ!」
「ふふん、任せて」
今いるのはかつては喫茶店として使われていた場所。
皿の破片やナイフ、フォークの散らばった少し危ない床を歩いてキッチンに向かう。
包丁とか調理器具とか、全部がそのまま残されてるみたいだった。
「鍋、ある。……黒いね……食べられなさそう」
李々ちゃんがガスコンロの上に置かれた鍋の中身を覗き込む。
見てみれば本当に真っ黒だった。
いったい何でできてるんだろう?
「そうですね…残念です……でもこんなに黒いの初めて見ました!イカ墨でしょうか?」
「イカ墨……舐めてみる?」
「舐めてみましょうか!」
二人で顔を見合わせて、ぺろり。
「うっ…………こ、これは………不味い…………」
「……………ゔぇ……」
予想外の不味さに思わず顔を顰めると、
「何をしているんですか!?」
とお兄ちゃんが慌てていた。
「見て分かりませんか?これは腐っているんですよ。お腹を壊したらどうするんですか…!」
「ご、ごっくんしちゃいました…」
「死んでないからだいじょうぶ」
「こういうのは、数日後に痛い目を見るのですよ……」
呆れたように言うお兄ちゃん。
「気をつけます…ごめんなさい…」
思わず俯いてしまう。
「氷華がしょんぼりしちゃった……お菓子食べる……?」
「えっ!いいんですか…?でもせっかくのお菓子がなくなっちゃいます…」
「いい。お菓子もご飯も、人と一緒に食べた方が美味しい。…はい、先生にもあげる」
気を遣ってくれたのか、李々ちゃんがポケットからグミを取り出して渡してくれた。
「僕にもいいんですか?ありがとうございます…!ではいただきます」
三人で並んでグミを食べる。
確かに、皆で食べるおやつは美味しい。
「美味しいです!久々利さんには今度お礼として、何か好きなものを食べさせてあげましょうね」
「良かった。……本当?じゃあ、おにぎりがいい」
「おにぎりですか?ふふ、わかりましたよ」
二人はそういって約束を交わす。
今度は皆でピクニックとかもいいな、なんて考えて、自然と笑顔になる。
不思議で不気味な場所だけど、皆と一緒ならすごく楽しいな。
___……
【視点:久々利李々】
「……これは多分、舐めたら駄目なやつ。学んだ」
昭和初期のまだ電気式でない冷蔵庫のある小さな魚屋。
冷蔵庫の中を覗いてみれば、真っ黒く濁った液体で満ちているのが見えた。
先ほどの喫茶店で怒られたことを思い出し、得意げな顔をする。
「そうですよ。気になるものがあったら、僕が覚悟を決めますから!君達に何かあっては最終的に怒られるのは僕ですからね」
「……でも、じゃあ先生に何かあった時はわたし達はどうしたらいい?」
眉を下げるわたしに、先生はんん、と咳ばらいをする。
それから、困ったように優しく微笑んだ。
「考えていませんでした…けど、何かあった時は僕のことに気を取られず、あよさんの指示に従ってくださいね。心配してくださるだけで僕はとても嬉しいし、それで幸せですからね」
先生はそう言うけれど。
でも、それは………
「嫌」
「それってなんだか見捨てるみたい。先生はそれで良くても、わたしは嫌だなって思う」
「だから、先生に何かあった時はわたしは助けようとするよ。
だから、一番は……何も無いのがいいね。きっと」
「……ふふ、ありがとうございます。久々利さんはとても嬉しいことを言ってくれるのですね。
はい!何も無いことが一番ですから、皆さんがこの廃村の探検を思う存分楽しめるようにするためにも、僕は尽力するつもりですよ」
「?うん。思う存分楽しむ。けど先生も無理しないでね」
___……
【視点:識想望来夏】
「わ、綺麗~!こんなに綺麗なら水着とか持ってきてもよかったかもしれないね」
「はい、海!綺麗です!」
どこまでも続く青い海。
6人連れだって海岸を歩く。
「……あの岩、オショウガツになってる…」
「お正月…??」
「あぁ、縄ね」
ぽつりと呟くアガタくんに釣られて遠くを見ると、大きな岩が見えた。
ゴツゴツとした岩には注連縄が巻かれている。
「ここから先に入るなってことか、何かを弔ってるのか…。
割ったら桃太郎とか出てきたりしないかな?冗談だけど~」
「もも…」
「その話は知ってる。…岩から出てきたら…岩太郎に、なる?」
「確かに、そうなるわね……?」
「つ…強そう、岩太郎」
わいわいと騒ぎ立てながら海辺を散策していると、ふと足元に何かが落ちているのに気が付いた。屈んで拾い上げる。
「ん、何コレ。…………」
「なんだったの?」
「なんでしたか~?」
思わず固まってしまった俺をくるりセンパイと香澄ちゃんが覗き込む。
「んー、えっちな本?」
「そ、そう…」
「…?」
「!!!」
苦笑いしながら答えればおどろく女性陣と、首を傾げるアガタくん。
いや、これ誤魔化したほうがよかったかな?ま、いいか。
どうしようかな~と困っていると、新センパイがちらりとこちらを見る。
「70年前の?」
「いや、どうだろ?俺たちと同じ観光客が捨ててったのか70年って感じはしないかな」
「そっか。それ、どうする?捨てちゃう?もう一回ポイ捨てするのもなんだかな…って感じだし」
「いやでも拾いたくはないかなー?」
にへらと笑って本を差し出した。押し付けたとも言う。
「というわけで新センパイどうぞ」
「…うぇ、潮風に揉まれて汚くなってるのに…」
少しばかり嫌そうに眉を顰める新センパイ。だってセンパイが言うからじゃん?
「あはは、もう一度捨てるなっていうから~」
「いや、だって置いとくのも悪くない?…あ~じゃあもっとく、後で捨てる」
皺だらけの本は新センパイの手へ。
あれ、どうするんだろうね?
家に帰るまで持っとくのかな。ここ捨てるとこないしさ。
____……
【視点:語伽アガタ】
えっちな本だとかで盛り上がる…?皆を横目に、きょろきょろと周囲を見渡す。
カタツムリ、いないかな……。
この村、生き物がぜんぜんいない…。
砂浜に座り込んでいると、くりゅやあーみぃもこっちに来た。
一緒に探してくれるみたい。
「あ、他の人たちがアガタ囲って何か探し始めちゃった」
「皆で何探してるの」
あの本の話が終わったのか、るかとらーたも来る。
「!新先輩!えっと…カタツムリを探してます…!」
「カタツムリさがしてる」
あーみぃとじぶんがほぼ同時に答える。
「そうなんだ、カタツムリ…居そう?」
無言で首を振り、眉を八の字にする。
ぜんぜんいない…。
「あらら、残念ね」
「いませんでしたね…」
「ヤドカリなら居るだろうけど、カタツムリ塩に強くなさそうだしなぁ…」
しばらく海辺で探していると、らーたが靴下と靴を脱いだ。
「せっかく海に来たんだし、」
そう言って、浅瀬に足を浸ける。
「そうね、せっかくだし!」
「あっあっ…私も!私もします…!!」
らーたを追うように、くりゅとあーみぃも海の中に入っていった。
いいな。
じぶんは足があんまり……だから、入れないし。
「冷たくて気持ちいいよ、海久々に来たなぁ」
「私も。日焼けが怖くてなかなか来ないのよね」
「くるりちゃん肌白いもんね、焼けたら確かに勿体無い」
「気持ちいいです!!」
きゃいきゃいと騒ぐみんな。ばしゃ、っと飛沫をたてながら楽しそうにこちらに手を振る。
「いや~楽しそうだね」
「楽しそう…。海、冷たいのかな…」
みんなに手を振り返するかとぼーっとカタツムリ探しをつづけてると、ふと上からばしゃりと水がかかった。
「わ!…っくりした。不意打ちヒキョ~くるりセンパイ~」
「あら!でも気持ちいいでしょう?」
見れば、くりゅがにこにこしながら海の水を両手ですくってかけてきている。
「ま、暑いけど。海だからかな?さっきよりは涼しいというか」
ぽたぽた、水が滴る。
ぐ、っと上着の袖で拭っていると、くりゅが心配そうに覗き込んできた。
「ご、ごめんね?アガタ……かけすぎちゃった?」
「平気。……?いいよ?」
「…よかった。二人とも急にかけてごめんなさいね」
__……
【視点:三崎新】
遊びすぎて思いきりかぶった水を乾かしがてら散歩していると、すぐそばの神社が目に入った。
「あれ神社…?かな。気になるし行ってみようよ」
海岸から海へとつづく道の先にある寂れた神社は、全体的にひどく傷んでいた。
手水舎の中の水は濁りきって、緑色の中に柄杓が埋もれていた。
「うわ…結構濁ってる。柄杓水の中にあるし…。神社も手入れしないとこうなるんだな」
「人魚の…絵…?あとは…む、読めない…」
すぐ傍にある掲示板を見て、香澄ちゃんがむむむと呻く。
見れば、木製のそれには傷んで読めなくなってしまった文字が刻まれていた。
文字の横には何やら人魚のような…といっても、メルヘンなものじゃなくて。
もっと和風な感じの絵が描かれている。
「人魚?…っぽい生物の絵…??うーん…よくわからない。それっぽいの信じてたのかな」
神社にあるってことは祀られてたってことだろうな。
そう当たりをつけてみると、
「オカルトっぽくなって来ましたね…!!」
と香澄ちゃんが目を輝かせる。
「確かに…気になるね。もしかしてこの人魚っぽいのに人が食べられたから消えたんだったり?」
海のむこうからおそろしい人魚がやってきて人を襲う。
…うん、海辺の村だしそれっぽいんじゃないかな。
「ふぉぉ…そうだったら面白いですね!!」
「ね、まぁないと信じたいけど」
「そうですね…ほんとだったらこわいですもんね…!」
「そうそう…怖いし、食べられたくない。でも結構人が神隠し?でいいんだっけ。遭ってるみたいだし自分たちも気をつけないとね」
まあ、これだけ人数がいて神隠しに遭うことなんて、そうそうないとは思うけど__…
___……
【視点:七守くるり】
「なんか、不気味……というか、雰囲気出るわね」
首のないマネキンを見て若干引き気味に言う。
以前は洋服店だったのだろう場所は、ガラスがすべて割れて、首のないマネキンが風に晒されていた。
「マネキン…ですね…」
つんつん。
恐る恐るといった体で香澄がマネキンに触れる。
ぐらり。
ぎりぎりのバランスで立っていたのだろう。
香澄に触れられたマネキンが、体を傾け、ゆっくりと倒れてきた。
「わ、香澄あぶない……!」
咄嗟に受け止めれば、マネキンが身に纏ったボロボロのワンピースが手に触れる。
「……!!?!??!?」
香澄はといえば、驚いて声が出ないようだった。
ふう……と息を吐く。
うっかり下敷きにならなくて良かった。
順番に家々を見ていく。
洋服店の隣は喫茶店のようだ。
埃まみれの室内。
食器類が散乱した中を見渡していると、けほ、と咳き込む音。
「アガタ、大丈夫?埃すごいものね、外に出ていきましょうか」
埃が苦手らしいアガタは、けほ、と小さく音をたてながら、口元を袖で抑えている。
あまりここにいないほうがいいかも?
そう思って、二人だけで外で待つことにした。
小さな背を撫でながら喫茶店を出る。
___……
【視点:朝凪香澄】
くるり先輩とアガタ君が外に行ってしまったから、残りのみんなでふらふらと中を見ていく。
緑色のレトロなタイルに、錆に錆びたステンレスのキッチン。
ガスコンロの上に残された古びた鍋を覗いてみたり……。
「やば♪」
「……」
識想望君の隣から鍋の中を見て、あまりの真っ黒さに絶句。
すすす、と後退る。
こ、これは……確実にだめなやつだ……!
「そういえば香澄ちゃん、さっき食器とってたけど好奇心?どうせなら好奇心ついでにこれも持ち帰らない?入れ物ないけど~」
さっき机のほうで錆びたナイフを拾ってたのを見てた識想望君にけしかけられる。
「…こっ、これは…これは…うぅっ…も、持ち帰りますか…?」
「悪霊退散できちゃうかも?」
「うっ…うううう…」
鼻をつまんで泣きそうになりながら、近くにあった硝子の哺乳瓶に中身を詰める。
「意外とギャンブラーだなぁ」
うう、識想望君たまにいじわるだ……!
___……
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