肆話

【視点:語伽アガタ】  

 

いつものように、一人。

語伽アガタは民家の中を探り、何もないことを確認して、部屋の外に出ようとしていた。 

 

ふと、ぎい………ぎい………と、軋むような、揺れるような音が背後から聞こえた。 

 

「……?なんの音?」 

 

振り返ると、……部屋の中心に、首を吊られた女がいた。

ゆらゆらと縄に揺られながら、アガタをじいっと見ている。

縄に絞められた首は妙に長く伸び、今にも千切れそうだった。 

 

「…ひ…、ッ………__え、何…なに、…なんで、急に……」 

 

見ている。

白く濁った眼球が、女が、こちらを。

気持ち悪い。 

そう思って、後退りしたところで、部屋の外から誰かが入ってきた。

七守くるりだ。

くるり、………本当に?

 

「……あ、あはは、かしこい、ね。…死んでまで嫌がらせですか?」 

 

「ああ、…また話の通じない人?」

「アガタ……?」 

 

くりゅじゃない、くるりじゃない、違う。

でも彼女は今、確かに名前を呼んだ。

思わず肩が跳ねる。 

 

「…なんで、名前…………違う違う、うるさい!お前もあっちの仲間なんでしょ?」

 

死体を指さし怒鳴りつけ、フードを深く被る。 

 

「あっちって……違うわ。私、くるりよ。わかる、かしら…………?」

「くるり……?嘘です騙されない、そういって、どうせまた……」

「嘘じゃないわ。私がアガタに何かするわけないでしょう……」

 

本物のくるりなら、確かにそうかもしれない。でも。証拠がなにもないのに。 

 

「それなら証明してください、嘘じゃないって!」

「証明ね……何を言えば信じてくれるのかしら?ここに来る前のこと?私がアガタにフランスの言葉を教わっていたとか?それ以外、1番最近なら喫茶店の厨房で火を消してしまってアガタに怒られたわね?これだけでは判断材料には足りない?…そうならもう少し何か言うけれど」 

 

つらつらと、これまでにあった出来事を語り掛けられる。

だけど、そんなの、適当に言えるじゃないか。

信じられない、信じない。 

 

「そんなのいくらでも嘘が吐ける!くるりの姿をした偽物、なんです、だって今あの死体が出てきた時にお前も一緒に来たんだから…!」 

「まって……あの死体って最初からいたわけではないの?そういえば私が来たとき、死んでまで嫌がらせですかって言っていたわね……」

「……この、家。出ようとして、その時突然、出てきたんです」

「出ようとしたときに出てきた……?どこから?」

「俺が知ってるわけないじゃないですか…、気になるなら調べてみればいいよ」 

 

くるりの手を引き、ぎいぎいと揺れる女の前へと差し出す。

 

「そうね、そうすることにするわ」

 

抵抗することもなく、彼女は大人しく死体を調べようと近づいて行った。 

 

瞬間。

 

ぶちりと奇妙な音が響き、死体の首が落ちる。

そうして、落ちた頭が_____……目の前にいた、くるりの首に、噛みついた。 

 

「……い、った…………」

 

首を鋭い牙で裂かれた痛みにくるりが声をあげる。

女の頭はそのまま床に転がり落ちて、口の周りを真っ赤に染めながら、じい……とこちらを見ていた。 

 

「…………あ、…くる、り、」

「はぁ、とりあえず……これで信じてもらえたり……とかはしないかしら?」 

「あ、はは……、本当にくりゅ……?」

「信じてくれる気になった?」

「…………ひとつだけ聞いても、いい?」

「? ええ、もちろん」

「今の、調べようとしただけ?わざとじゃない、よね……?」

「まさか。本当に調べようと思って近づいただけよ。わざわざ痛い思いなんてしたくないし」 

 

信じさせて騙すためだけに、わざと怪我を負うこともない、か。

 

「……そう。その首、どうする?…痛そう」

「止血しなきゃいけないかしらね」

「止血……、一人で出来る?」

「うーん、どうかしら。兎にも角にも手当てするものを何も持っていないのよね……」

 

首筋からはまだ赤い血が流れ続けていた。 

 

____ 

 

「…じぶんは薬、くわしくないけど…」

 

そういって、病院の薬品棚からいくつか薬を取り出すと、くりゅに手渡す。

 

「なにか、使えるのある?」

「ありがとう、アガタ」 

 

くりゅはある程度血を止めてから、なぜか包帯を巻かずにじっと見つめていた。

どうしてだろうと視線を向けていることに気づいたのか、にこりと微笑みを返される。

 

「…包帯、巻けないの?」

「いえ……ただ、怪我したこと、あまり知られたくなくて……包帯巻きたくないなぁって、ね」 

「なんで知られたくない?」

「前に、怪我したとき氷華を悲しませてしまって。それに、心配かけたくないもの」

「……そう。…くりゅの怪我、じぶんのせい、だから…じぶんが怪我すれば、よかった」 

「それは違うわね。アガタが怪我しても同じよ、みんなが心配するわ。もちろん私もね。だから、アガタが気にすることではないの。促したのはアガタだとしても、最終的に私は自分で決めてあの死体に近づいたのだから」 

「…くりゅが、そういうなら……。でも包帯は巻かないと、巻いてないより…しんぱい」

「そう言われてしまったら、仕方ないわね。ちゃんと包帯を巻くことにするわ」

このまま放っておいたら良くないだろうからと促せば、微笑んで包帯を巻き始めた。 

 

「…くりゅがしんだら、嫌だから。良かった」 

 

一瞬。

ほんの一瞬だけ、くりゅが固まった。 

 

「くりゅ。…もし、次…じぶんが危なくなったら、その時…助けてくれる?」

「ええ、もちろんよ。……とは言っても、その場に私がいなかったらどうしようもないのよね……だから、アガタが私を一緒に連れていってくれる?」

「じぶんも、もちろん。くりゅがいてくれたら、…安心」 

「ちゃんと一緒にいて下さいね、ずっと」

「ええ、ずっと一緒にいるわ」 

 

ああよかった。

このひとは絶対に離れない。

約束、忘れないでくださいね。

ねえ、くるり。 

 

__……… 

【視点:識想望来夏】 

 

「何回みても無理…うえ……」

 

民家の扉を潜り、リビングを抜けてダイニングへと向かえば、目の前の光景に蒼センパイは顔を顰めた。 

 

「何?なにか見つかりました?」

「え?いや、ほら…見なよ…。人の死体くってんのあのひと?たち」 

 

見れば、ダイニングテーブルを囲んだ見知らぬ家族が、切り刻まれた人の死体を楽しそうに美味しそうに食している。

皿の上に赤く溜まった血液。

ぼたぼたと零れる蟲。 

 

「うわ…気持ち悪…………」

 

不快な気持ちになりながらも、気になって近づいていく。 

すると、人肉を食べていた4人が、一斉にこちらを見る。

そして、手に持った肉を、俺の顔へと押し付ける。

4人がかりで、無理矢理に。

すごい力だった。 

 

「ほら たべなさい」 

 

「えびすさまのおめぐみよ」

「たべなさい」

「たべて」 

 

「た  べ  ろ」 

 

「むぐっ……、」

 

強制的に押し込まれた肉を、ごくりと飲み込む。

血と、少し酸味のある人肉の味が口の中を満たした。 

彼らはそれで満足したのか、もとの食事へと戻っていく。 

慌てたような蒼センパイの声が脳へ響いた。 

 

「来夏!?!?」 

「……あー……いい、かも」

「なに!?なにがいいんだよ!?今すぐ吐いて!!」

 

口の中にいれたものを吐き出させようと、センパイが指を突っ込んでくる。

ああ、これ。

同じだ、さっきのと、同じ味。

…………美味しい。 

 

「もぐ…え、センパイの指…美味しい…かもー。」

「…え?」 

「おれの指を噛むな!さっき飲み込んじゃったやつ吐いてってば!変なやつらに変なもの食わされたんだから!早く吐き出しちゃった方がいいって!」

「んっ……………」

 

ああ、美味しいな。もっと、 

 

「…おれの指がべちょべちょになっただけだった。…来夏、気分悪くなったりしてない…?なんか、変な気持ちになったとか…」

「センパイの…咥えてたい…かもー。今はこれで、我慢………」

 

涎が溢れる。

 

「食べたい…………食べたい…………食べたいよ…………あ~~~~~!!!」 

「はい…?なに??どういうこと…?お腹空いたの???」

「センパイを食べたくて仕方ないんだよ」

「え……来夏にそんな趣味嗜好あるとは思わなかったん、だけど…」

「肉食べてから変…………美味しそー、センパイ」 

 

いまだ口の中にある指を舐めまわす。

 

「おれは美味くないってば…!!もう舐めるな!!」

「ふぃ…ぇ…ふ、ふ…ふぇんふぁい?」

「ひゃっくすぐった………口に含んだまましゃべるなやめろ」

「ひゃって、ひひゃたな、………んっ…………」 

 

食べたくて食べたくて仕方がないんだ。

人の肉、あの、鉄と酸味のある独特の、真っ赤な、…… 

 

「ほらもう早く出よう…おれの気がおかしくなりそう…」 

 

___…… 

【視点:山桜桃蒼】 

 

山桜桃蒼は、神社へ向かって歩いていた。

今目の前にあるのは、注連縄の巻かれた賽銭箱。

中身の貨幣が散乱し、ひどい状態だった。 

 

その、背後から。 

 

箱の裏側から、ぬるりと何かが立ち上がった。

………それは、成人男性ほどの大きさをした人間であるように見えた。

顔面がごっそりと削げ、断面が腐り、肉から蛆が湧いている。

生きている人間じゃない。 

 

「ひえっ」 

 

そして__……その腕には、鉈が握られている。

おれにに気が付いたのか、ぐらぐらと体を左右に揺らしながら、こちらへ近づいてくる。 

 

「…ち、近づくなよ…」 

 

本来なら。

自分一人で廃村にいるのなら、逃げるべきだったかもしれなかった。

でも、……ここには外の子もいるから。

もしこいつに襲われたら?

その考えが、逃げるのではなく……咄嗟に、抵抗をするという選択肢を選ばせてしまった。 

ゆっくりと近づいてきたそれは、ただ無言で。

最も、顔がないから喋れないだけなのだろうけど。

鉈を、振り上げる。 

 

一瞬。

何が起こったのか分からなかった。

痛い 熱い いた え 、? 

 

 

「っあ、ああああああっ!!!!!!!!!!!!」 

 

あるべきはずの場所に、左腕がなかった。

焼けるような痛みが断面から広がり、頭は割れそうなほど、何も考えられなくなるほどの激痛。 

 

そして、鉈を振り下ろした当人は、おれの腕を拾い上げ……その場にしゃがみこみ、おそらく口があるのだろう場所へと運ぶ。 

 

ぐじゅ、ぐじゃ、ぐちゃり、ぼた、っと、嫌な音が響き渡る。 

 

「な、んで…」 

 

ふ、と意識が飛んでいく。

おれの、腕、おれの___…… 

 

____ 

 

夢ならばよかったのに。

けれど、これは紛れもない現実で。

意識を取り戻したとき……新センパイが運んで、皆で治療をしてくれていたらしい。

やはり、左腕はないままだった。 

 

…そうだ、腕、おれの大事な、 

 

慌ててもう片方の腕を見る。

手首につけられた、星の髪飾り。 

 

「よかった…」 

 

____……… 

【視点:朝凪香澄】 

 

お腹が、減った。 

 

手持ちの食料はもうあと1個しかない。

この最後の1個がなくなったら、わたしは、 

 

どこかに、食べれるものはないかと探し続けていた。

でも、どこにもない。

食べてもよさそうなものが見当たらない。 

 

学校の、教員室。

机を見て回って、何かないか、って。

でも何もない。仕方なく、違うところを探そうと出ようとしたとき。 

 

ガラリ。 

 

…誰かが、教員室の中へと入ってきた。 

それは成人男性のように見えた。

顔一面が奇妙な鱗に覆われて、肌の露出された部分に人間の口が沢山ついている。 

その手には、大きな包丁が握られていた。 

 

「ひろばにきてはいけませんよ」 

「ぎしきをしないと、ぎしきを、殺してバラして詰めて儀式をしないといけません贄はどこですか早く終らせないと、」 

 

「なっ…だっ、誰、で」

 

怖い、怖くて足が震えた。

逃げなくちゃいけないのに。 

 

ぶつぶつと何かを呟きながら、ゆっくりと。

それはこっちに近づいてくる。

ふらふら、包丁の握られた片手を振り回す。 

 

「ひっあっ…なっ…」

 

震える体を支えながら、なんとか距離を取ろうと、

__間に合わない、 

 

ぐさり、と、脇腹に痛みが走る。 

 

男の手にした包丁が、刺さっていた。

 

引き抜かれた瞬間、ごぽ、っと真っ赤な血が辺りを汚す。 

 

「ああしまった、ここではない、四肢をバラさないと、6つに分けて、そう、詰めないと、??あれ……これは七辻のではないな、供犠じゃあない、あれはどこだ、バラさないと、……」 

 

「やめっ…やっ……あ、あれ…?」

 

突然動きをぴたりと止めた男は、そういいながらふらふらと教員室を出て行く。 

 

痛くて、苦しくて、でも今周りに誰もいなかったから。

ずるずると足を引き摺り、壁に手をもたれさせながら、必死に客間へと戻る。 

 

布団の、上へ。

……………そして、意識が途切れた。 

 

_____………… 

【視点:七守くるり】 

 

「うそつき…………」 

 

掲示板に真っ赤な字で書かれた言葉。

神社の成り立ちを潰すように、恨むように。 

 

くるりは、ここに書かれたことは嘘だったのだろうかと考えを巡らせようとして。 

 

「………?おなか、すいた………」

 

空腹に襲われる。

最後の食事を取ってから、丸一日が経っていた。 

食事の残りにも限界があるから、なかなか食べれずにいた。

そういえば、さっき…咄嗟に逃げ出したけれど。

あの、賽銭箱のところにいた、鉈をもった人。 

 

「……さっき、うでを、たべてた」 

 

「あのひと、うでをたべて、…わたしも、私も食べ……………私も…………?」

 

自分が口にした言葉に、血の気が引いていく。

両手を覆い、首を振る。

ちがう、ちがう、そんなこと。 

 

「ち、ちがう……私は人の肉なんて、もう、食べない。食べたくない……嫌………」

 

ずるずると、その場に崩れ落ちるように座る。

きっと、あのせいだ。

アガタと行ったあの家で食べさせられた、人の肉。

どうしよう、どうしたらいい? 

 

「こんな、こんな状態でみんなのとこ、なんて、帰れない。ずっとこうなの?食べたくないのに、食べたくないはずなのに………食べたい……っ!嫌………どうしたら、どうしたら、いい?食料は、今食べたとしても明日には尽きる、明日尽きて、それから?私はどうするの?どうなるの?」 

 

……ふと、目の前にある、自分の手を見つめる。

 

「……っ、あ、」 

 

そう、……そうよ、肉なら目の前にある。

自分の指が、自分の手が目の前に。

食べたい、自分なら、自分の手なら誰にも迷惑なんてかけない。 

そっと自分の指を口に含む。

けれど、この歯では噛み切れない。

これじゃあ、飢えは満たされない。 

 

「………そういえば、ナイフも、包丁も、ある」 

 

厨房とかからかき集めたナイフ。

鞄の中から取り出そうと、……… 

 

「っ、ちがう!違う違う違うの!!こんなことのために私はナイフや包丁を持ってるわけじゃない!!!だめ、だめよ、そんなことしたら、また心配させてしまう、だめ…………だめなの………」 

 

「はぁ、はぁ………っ」 

 

どうしよう、このままじゃ、

 

「これ、この、ナイフと包丁は…………明日、明日にでも、厨房に戻さなきゃ……そうでもしなきゃ、私、私は」 

 

「いつか、自分か、はたまた誰かを食べてしまう………」 

 

______………… 

村へ来てから一か月が経過しました。

残りの食料もあと僅か。

人肉への欲求を抑えなくてはいけない、けれど食べるものがない。 

 

この状況を、皆さんは解決できるでしょうか。 

 

さて、現在”お客さん”は夜の活動範囲を広げ……現在民家、広場、学校、病院まで徘徊が可能となっております。

すべての場所に行けるようになるまで、どれくらいの時間が残されているのでしょう? 

 

なるべく早く、何をすべきなのか見つけられるように。

これまでに探索等で気づいた情報、した行動を振り返って。

 

また今週も頑張りましょう。