弐話

【視点:日日景彦】  

 

「景彦お兄ちゃん…」 

「ひっ、……ぁ、氷華か…。ご、ごめん…びっくりしちゃって、立派な大人なのに恥ずかしいや……」 

 

突然声をかけられて肩を跳ねさせ、振り返れば、氷華が眉を下げてこちらを見ていた。

彼女がもっと幼かった頃からずっと見てきた、大切な……生徒。 

 

「こほん……そ、それで!どうしたの、氷華?」

「お兄ちゃん…大丈夫ですか?こわい、ですよね、ここ…。でも!ボクが…います!お兄ちゃんのそばにいます…!」  

 

そう言って優しく両手を握られる。

じんわりと伝わる温もりが、心まで温めてくれるようで、愛おしさに頬が緩む。 

 

「氷華は優しいね。ありがとう。……僕も、景彦お兄ちゃんとしても氷華の先生としても、頑張るから。たくさん頼ってね」 

 

…そう、先生として。 

 

「先生として……はい!あ、話しかけたのは…お兄ちゃんと、お話ししたかっただけなんです…えへへ、ボクも、やっぱり不安で。お兄ちゃんと話すのが一番安心しますから…」

「そうだね、ここに来てから…というか、僕が就職してから、前みたいに2人で話すことも少なくなったもんな。だから、こうやって来てくれて嬉しいよ」 

「わっ…」

 

優しく頭を撫でれば、嬉しそうに目を細める。 

 

「そうですね…ここの場所を好きだとは言えませんけど、ゆっくりお兄ちゃんと話せるのはすごく嬉しいです!ご褒美ですねっ!お兄ちゃんはよく眠れてますか…?夜とか…」

「眠れて?……うん、問題なく眠れているよ。氷華はどう?」 

 

皆と一緒には寝ていないけど。

問題ないよと返せば、

 

「そうですか…!よかったです!ボクは…すこし眠れてます!」

 

氷華も笑って答えた。 


「すこし?無理はしないでね。七守さんと寝ているんだっけ、彼女と一緒なら安心かな」

「ありがとうございます…!はい、そうです!くるりが毎日一緒にいてくれるので…救われています。ボクほんとは…怖かったんです、皆で合宿行くの。海のある村だったから、昔のこと思い出しちゃいそうで……でも、お兄ちゃんが一緒だから、行くって決めました。ありがとうございます、ほんとに…お兄ちゃんがいてくれなかったら、ボクなにもできませんでした」 

 

…そうか、そうだった、…もっと考えておくべきだったかな。

僕が、氷華を守ってあげなきゃいけないのに。

まったく、情けない。 

 

「!言ってくれれば、……と言っても遅いね。ふふ、じゃあこれからの話をしよう。これからは氷華には僕がついているから。大丈夫、寂しい時や怖い時、昔のことを思い出して苦しくなった時だって、僕は氷華のそばに居るから。……居るって、決めたんだ」 

「お、お兄ちゃん……うう…嬉しくて、ボク、泣いちゃいますよお……でも、でも…ううん、なんでもありません!お兄ちゃんがいてくれたら…それだけで幸せです…ありがとうございます」 

 

何かを言いたそうな、少し困ったような顔をする氷華。

……”お兄ちゃんがいてくれたらそれだけで幸せ”……。

…なら、…僕でも、いいんだろか。 

 

「……氷華は、

氷華は、僕のそばに居てくれる?氷華の、意思で……」 

 

そう声にだして、すぐに自分は何を言っているんだろうと我に返る。

こんなことを言ったって、彼女を困らせてしまうだけだろうに。

 

「っうわ!ごめん、気持ち悪いね、ごめん……忘れて…」 

 

けれど、氷華の反応は、 

 

「えっ…………」

 

そう、少し戸惑った後に、 

 

「ぼ、ボクは……お兄ちゃんの傍に……いたい、です…でも、それって……ほんとにいいんでしょうか……。だって…お兄ちゃんには…お兄ちゃんの、人生が…あります………」

 

俯いてしまった。 

……期待を、してもいいんだろうか。

 

大きく息を吐いて、そっと彼女の前に膝をつき、下を向いた顔を覗き込む。 

 

「その人生というやつに氷華がいて欲しい。誰よりも、一番近くに。……ダメ、かな……氷華は、嫌?」 

 

うるうると泣きそうな顔が目の前に映る。

嫌だったのかと一瞬驚いたが、すぐに彼女の返答を聞いて安堵した。 

 

「嫌なわけ…ありません…!景彦お兄ちゃんが……ボクが一番、一緒にいたい人、で……大好きだから…。全然、ダメじゃないですう……」 

「…そ、そうならよかった……あ〜、本当はこんな所で言うことではないんだけど…万が一何かあったあとでは伝えられないから、という理由で許してください…………」 26

「あ、改めて言うけど……!!僕は、氷華が好きだよ。その……良ければ、僕の傍にずっといてください」 

「うう~…………ひっく」

 

泣きじゃくる小さな体を、優しく抱きしめる。 

 

「ボクも………景彦お兄ちゃんが、好きです、ずっと好きでした…。はい…隣に、ずっと一緒にいます…」 

 

何があっても、彼女だけは絶対に守ってみせる。

氷華を一人にはしないと、ずっと傍にいると、そう誓ったのだから。 

 

【視点:三崎新】 

 

何か手がかりになるものはないかと、一人、誰もいない民家の中を見ていると、玄関の戸が開き、見知った顔がこちらを覗いた。 

 

「……あ。新」

「?あ〜りぃちゃん。ここ調べる?」

「うん、ちょっとだけ。何かあった?」 

 

頷いて、目の前の古い扇風機を指さす。

 

「今さ、リビングの扇風機見たんだけど、風吹いてないし電源入ってないのに首が回ってて不気味なんだよね…。」

「……ホントだ。なんでかな」

「なんでだろね。」 

 

試しに扇風機の頭を鷲掴みにしてみても、それは元気よくぐるぐると回り続けるようで。

 

「なんだか、生きてるみたい。元気だね」

「生きてるって…まぁ確かにすごく活発的。」 

 

扇風機から手を離し、二人で家の中を進む。

リビングの隣はダイニングのようだった。

4人掛けの広々としたダイニングテーブルの上に、……まるで、ついさっきまで誰かがいたような。調理されたばかりのように見える料理が、そこで湯気をたてていた。 

 

美味しそうな料理だ。

異界食は良くないのだと教えられていなければ、思わず口にしてしまったかもしれないほど、魅力的……だった。 

 

料理に一瞬目を奪われていた間に、……いつの間にいたのだろう?

見知らぬ影が4人、目の前に座っている。

 

大人の影が2つと子どもの影が2つ、楽しそうに笑いながら料理を食している。 

 

「……ぁ、あ」

 

その、彼らが食べている料理を目にした瞬間、りぃちゃんの顔がさっと青ざめた。 

…見れば、その皿の上にあるのは、ついさきほどまであった美味しそうな料理ではなくなっていた。 

 

……切り刻まれた人の体。 

 

彼らはぐにゃりと奇妙に歪んだ笑顔で人の死体を貪っていた。

自分たちの体からいくつもの真白い蟲を溢し、血まみれの生肉を口に運んでいる。

ぼたぼたと口の端から零れ落ちる赤を気にもせずに。 

 

「……あ、嫌、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、嫌、嫌、嫌、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、逃げてごめんなさい、忘れてごめんなさい、私のせいで、私のせいで」 

 

自分の手を握りしめ、その場に蹲るりぃちゃんの傍に寄って、そっと肩を掴む。

 

「りぃちゃん…?」 

「ぁ、……あ、新、ごめ、ごめんなさい、私……」

「いや、それは…別にいいよ、それよりここから早く出よ」

 

はっと正気に戻った彼女の手を手を掴み、外へと飛び出した。 

 

「……人を食べる文化があった…とか、なのか…うぇ…きしょい…」 

 

【視点:語伽アガタ】 

 

語伽アガタは学校へと来ていた。 

 

「……広場…。何かあるのかな」

 

さきほど教員室で見た日誌に思いを馳せる。 

 

『七月十九日

あしたからなつやすみ!

なんだけど、おとなたちがお客さんの相手で忙しいってあんまり遊んでくれなさそう。

それに、十四日はおうちから出ちゃだめだっていうの

特に広場には絶対近づいちゃだめなんだって。

もっと遊んでくれてもいいのになあ

せっかくの夏休みなのに遊んでもらえないのは残念ですね。

でも、大事なことだからおかあさんたちの言うことを聞いて、絶対に広場に来てはいけませんよ。

次の日からはみんな忙しくなくなりますから、そしたらいっぱい遊びましょうね。

先生より』 

 

何か、広場はちょっと危ないみたいなことを聞いた気がするけど。

どうしようかな、今一人だけど……うん、後で行ってみようかな。

そう考えながら、ふらふら見ていた校長室から出ようとした。 

 

次の瞬間。 

 

ガタガタガタガタガタッ! 

 

大きな音と共に、頭上に掛けられていた額縁が一斉に落ちてくる。

その角が頭に当たり、痛みに呻きながら、目を開けると。 

 

額縁の中に収められた、歴代校長の写真。

その顔部分が一面目玉で覆いつくされ、こちらをじろりと見つめていた。 

 

「……ッみ、…見ないで………!」

 

フードを目深に被り、その場を逃げ出す。

どこへ、なんて当てもなく、杖をついていれば。

……無意識に、だろうか。 

 

広場の前に来ていた。 

 

そこには、血で汚れた木の台が鎮座していた。

思わず後ずさりをする、が、…… 

 

……気が付けば、目の前に、首のない自分が拘束されて台に寝かせられている。

断面から血を垂れ流し、ごろごろと転がる自分の頭部。 

 

「あ……」

 

アガタが恐怖におびえている間に、周りにを囲む大勢の人間が、寄ってたかって刃物を取り出すと、目の前の自分の体を切り刻む。 

右足。左足。右腕。左腕。胴。そして……首。 

無残な姿にされた遺体を、無理矢理視界に映され……気だ付けば、そこは元通りの広場だった。

自分の死体なんてない。誰も、いない。 

 

「__ッう゛、……おぇ、ッ…」

 

胃の底からこみ上げる吐き気を堪えるため、両手で口を抑える。 

 

「…な、……なに、なんでおれ………!」

 

思わず、自信の首に触れる。

……ちゃんとある、だいじょうぶ、切り刻まれてなんていない。 

けれど不安で仕方がない。

この感情を落ち着かせるために、ちゃんと自分がここに在ることを視覚で確認しようと、民家の鏡を覗く。 

映し出されるのは、さきほど額縁で打った部分が黒く変色した自分の姿と。 

 

その後ろにある、沢山の女の顔を一塊にしたような、趣味の悪いアートのような化け物。 

 

「………ひッ…!!…、ま、また……!」 

 

「な、なにこれ…………?」

 

女の姿が消えてから、頭の黒い何かを袖で拭う。

ごしごし、ごしごしと、何度も何度も。

けれど落ちない。 

 

「何、なんでこんなっ………、」

 

ずるずるとその場に座り込む。

……とはいえ、いつまでもこんなところにいるわけにもいかない。 

 

杖をつきながらゆっくりと客間に戻り、布団に潜り込む。

寝たくて、休みたくて、目を閉じれば。 

 

脳内に響く、誰かの「許してください!」という懺悔の声。 

 

___…… 

 

 

【視点:識想望来夏】 

 

休憩がてら、井戸から汲んだ水を座敷牢へ持ち込みそのまま桶ごと飲み干していると、赤い着物の彼が驚いたような顔をしてこちらを見ていた。 

 

「やほ〜。井戸の水飲んでいいんだよね?せっかく組んだから飲んでるよ」

 

ひらひらと手を振り友好的に話かける。 

 

「ここ君の部屋?座敷童子だったか…」

「ざしきわらし」

「そうそう、座敷童子。君がここを出ていったらこの家落ちぶれちゃう…というかここはもう廃村だけどね」

「座敷童ではないかな……と……?童って年でも、たぶんないと思いますし……」

 

戸惑い首を傾げる座敷くん。

そういえば、彼の年とか知らないな。 

 

「いくつ?」

「年………?は、……えっと、分からないです……すいません……」

「じゃあ15歳でどうかな。座敷童子ぽい」

「15歳……あ、はい。いえ 己は構いませんが……」 

 

かなり流されやすい性格らしい。 

ああ、そうだ。さっきの井戸のこと聞いておこうかな。

 

「そういえば底になにかコツンってあたったんだけど清めの石でも沈めてある?」 

 

「井戸の底……ああ、いえ 清めの石ではないですね あれは」

「ん?じゃあ何があるの?死体?」

「あ、いえ……首です」 

 

なるほど。

 

「最後の一個もしかして井戸の中?」

「皆さんがどれだけ持ってるか知らないので最後かは分かりませんが……?首はそこにあります、ね……。あ、でももっていくなら一番最後にしてくださいね、あの、それがあるからここの家が安全でいられるし お水が清いままにできるので」 7

 

「…………………ふーん」

 

にこりと笑って問いかける。 

 

「持ってくと良くないものだった?みんな続々と集めてきてるけど。君にも預けてなかったっけ」

 

確か氷華センパイとか李々が渡してたと思うけれど。

 

「二個はそこにありますが……他のは元々の場所から飛ばされていたようなので、放置するよりはいいかな、と……。元の場所にないなら封印の意味を為さないですし…」 

「飛ばされた?風で飛ぶような大きさでも重さでもないだろうに。」

「風ではなくて………一個封印解かれたときにお客さんが咄嗟に本能でどかしたんでしょう」

「ん?じゃあ俺たちはそれを元の場所に戻すだけで良かった?ほら地図なら俺がさ、見つけたし。」

 

ただ元の場所に戻すだけなら簡単だ。

幸い縄を切る鎌もあるし。 

 

「ああ、いえ……どう、でしょうね。皆さんを元に戻すだけなら、また封印すればいいんですが……。四折さんが、」 

「あよセンパイ?」

 

思わず顔が一瞬ぴくりと反応してしまった。

……彼女がどうしたのだろう。 

 

「その、……ここで死んだ人はずっと魂がここに閉じ込められて、いつかは村の中にいる彼らと同じように成れの果てになる、ので……封印してしまうと、四折さんも出れなくなるかな、と……」 

「…………………………なるほど。魂、魂か…。…どうしたらあよを連れて帰れるかな…」

 

ぽつりと呟く。

彼女をここに一人で置いて行く気はなかった。 

 

「封印しないとアレ、俺たちを食い尽くすよね?君も…人間だっていうなら、食べられちゃうよ。」

「そう、ですね……このままずっといれば、いつかは。食べられるでしょうね。あのお客さんを浄化…?できれば、この異界も解放されるんですが……。?ああ……己はだいじょうぶですよ。食べられないです」 

 

浄化なんてどうやったらできるの、と問いかけたところでほぼ同時に答えられたことに、ぐい、と身を乗り出す。

 

「え?なんで」 

「え、あ、あの……己の姿も声も、お客さんには見えないし届かないの、で……?」

「…どういう原理?何か…見えなくするもの、とか…」

 

ぺたぺたと彼の身体を無遠慮に触る。

……酷く冷たい。 

 

「ひんやりしてる…………」

「!????????!?!?あ あの……???」

 

服の上から見てても分かんないなあ……。

突然触られて困惑している座敷くんにお願いしてみる。 

 

「ね、服脱いでもらってもいい?」

「?えと、いいです、が……?己は一体何をされているのでしょう……」

「んー…点検?」

「てんけん……」 

 

少し困ったような顔で見に纏っていたものを脱いでいく姿を眺める。

あきらかに痩せぎみの、不健康そうな体。

それから、あちらこちらに巻かれた包帯。

 

首、両足首、両手首、肩、太もも……丁度、人体を分ける場所。 

 

「あ、あのお…もういいでしょうか……」

「待って」

 

包帯をじっと見つめ、考える。 

 

「首、足首………手首…。…………………その包帯、縫い目?」

「?いえ 縫ってないです 傷跡?みたいなのがあるので 隠してあるだけで…」

 

なんだ、違うのか。

 

「包帯の位置がほら、地図の分け方と一緒だから。てっきり生贄にされてとどまってるたぐいかと。」 

 

「倉庫の奥に鍵のかかった扉あるじゃん?あそこから女の人の声が…首しまったんだよね。」

「ああ……………地下への……」

 

何か心当たりがあるようで、また眉を下げる。癖なのかな。 

 

「あの人たちも知り合い?」

「しりあい……?ではないです 彼女たちは己より前から生きてる…?ので」

 

いそいそと服を着直す座敷くんの体を抱きしめる。

本当に冷たいな。

まあ夏にはちょうどいいかも?

冷却材みたいな感じで。 

 

「!?!!???あ あの……??」

「近づくと首絞まるのって怨念のせい?」

「あ、え、はい そうですね、彼女たちは人を…というより、もうこの世界ぜんぶを恨んでるので、……」 

「座敷童子くんは違うの?」

「?……己はべつに、だれも恨んだりしてませんよ。恨んだって仕方がないじゃないですか」

「仕方ないことをされたの?」

「…………」

 

また困った顔。

言えないってことかな。 

 

「なんで体冷たいの?もう死んでる?」

 

答えやすいように問えば、悲しそうな顔をして首を縦に振る。

……やっぱりかあ。 

 

「浄化したら、ここが開放されたら、君が、いなくなる?」

 

また、頷く。

 

「あはは、ならみんなが死んで〜最後にあれ封印して…封印した人も死んだら…………ずっとここにぎやかだね。帰る意味、考えちゃうね、ちょっと」

 

あよセンパイ、一人で寂しいだろうから。

皆でここにいるのも、まあ有りかもしれない。  

 

「っ!?な なにを言ってるんですか……?賑やかなんて、そんな、」

「いつかは成れの果てになって彷徨うかもしれないけど、それまでは君みたいに普通に意思疎通できるってことでしょ?あ、あよセンパイももしかして、そのへんにいるのかな、もしかして。」

「己はちょっとちがうからこうして喋れてるだけで 普通は、だって、……あんな姿にされて、それがいいわけないじゃ、ないですか……。死ぬのだって いたいしこわいのに、」 

 

「四折さんは、います、けど でも……」

 

予想外に必死な反応。

これだけ分かりやすいと結構まだ話聞けそうかな。 

 

「あよセンパイいるんだ。でも、意識なく彷徨ってる感じ…か?……その違うってヤツ。違いをつければ他の人も君みたいになる?」

「………いえ、違いをつけるのは 無理だと……たぶん……己ひとりしか……」

「そ?でも生きてるままだと君と一緒に居られないしな。残念」 

 

にこりと微笑みかけるけど、座敷くんの表情は芳しくないようだった。 

 

「…………己は、人が死ぬのは嫌です……」

「なんで?」

「なんで、って……死ぬのはつらいのに、あんな目に遭うの、可哀想じゃないですか……。それに、これ以上人を殺させたくない、ですし……」 

 

_____………… 

【視点:朝凪香澄】 

 

書斎で見つけた、地下の鍵。

…一体どこにあるんだろう。 

 

あちこちを探し歩き、神社の中。

ごめんなさい、と心の中で謝りながら、そっとご神体を持ち上げる。

もしかしたら、この下にあるのかもしれないって、そう思って。 

そうしたら。 

 

ご神体に触れた瞬間、たくさんの声が、頭の中に響いた。 

「ゆるさない」 

 

「なにっ…なに!?」 

 

一人じゃない。

何重にも重なった、たくさんの声が、恨みを撒き散らしている。 

 

「ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさない!!!!!」 

「ひっ…!」

 

凝り固まった真っ黒な憎悪が響き渡って、恐ろしさに身が震える。 

 

「こんな村など ぜんぶ ほろんでしまえ」 

 

呪いのことばを吐き捨てて、声はしん、……と聞こえなくなった。 

 

「い、今のなに…?また、幻覚?とか…?だ、大丈夫…大丈夫…怖くない…こわくない…」

 

腰が抜けそうなのを堪えて、ご神体を元に戻す。

だいじょうぶ、大丈夫…………、 

そう思いたかったけど。 

それからずっと、……夜、眠るたびに。

あの声が、頭の中で響き渡って。

わたし、………… 

 

_____…… 

【視点:七守くるり】 

 

「あれ、くるりセンパイだ、やっほ〜。井戸降りるの?」

「あら、来夏」

準備万端、今から突入しよう、…というところで、来夏がこちらへ来た。 

 

「ええ、そのつもりよ。その為に今日はロープも懐中電灯も軍手も持ってきたんだから」

「ガチじゃん。俺一応上で見てるんで気をつけてくださいね。あ、縄持ってたほうがいいかな?」 

 

……確かにそのほうが安全かもしれない。

「そうね、お願いしてもいいかしら」

ロープの端を手渡して頼むと、

「かしこまり」

とふざけたように敬礼をされる。 

懐中電灯で中を照らしながら、ゆっくりと下へと降りていく。

井戸の中は暗く、狭く、かなり深いように思える。 

やがて、ちゃぷん……と音がして、水の中に足が入っていく。

膝当たりまで水に埋もれたまま着地し、そうして懐中電灯で辺りを照らしてみれば、井戸の外側を囲うように、注連縄が張られているのが見えた。 

 

「センパーイ!何かありましたー?」

「注連縄があるわ」 

「それって封印の関係のやつー?」

「多分そうー!」 

 

上から降ってくる来夏の問いに声を張り上げて返しながら、ざぶざぶと水の中に手を入れる。

注連縄の……井戸の中心。

なにかが沈んでいる。 

……木箱だ。 

 

「なんか箱があるわ」

「それ持ってきてーーーー!持って来れそう〜?」 

 

持ちながら上がるのは厳しいかもしれない、けど……。

 

「箱だけならいけると思うわ!」

「おっけ〜、どうしようかな。それもてる?俺が綱引きすればいけるかなぁ」 

 

箱を縄に縛りつけ、

「縛ったから引き上げてもらえるー?」

叫ぶ。

「はーーい!!任せて〜!」 

ゆっくりと引き上げられていき、無事上に届いたのか、再度縄が下ろされた。

両手で掴み、来夏にあげてもらえるよう頼む。 

 

「ありがとう、来夏」

「やー、無事で良かった。」

「そうね、箱が落ちてくるかとひやひやしたんだけど…………無事に終わってよかったわ」 

 

「で、この箱…中身はやっぱり頭かなぁ」

 

来夏が一面に札が貼られた木箱を前に首を傾げる。 

 

「確認してみましょうか」

「うん。開くかな?」 

 

ぺりぺりと札を剥がして、中を覗けば。

そこにあったのは、額に札が貼られた、白骨化した誰かの頭。

……それから、真っ赤なリボンがひとつ。

見覚えが、ある気がした。

 

「このリボン、って……」 

「あ、やっぱり?朽木、とかいう座敷童子くんと同じやつかな。」

「気の所為かもしれないけど、私も同意見ね」

「いやー、そんな気はしてた」

 

来夏が笑いながらリボンを手にとる。 

 

「この箱、確か、彼のところに持っていくんでしょう?そのときに確認できないかしら」

「ううん、リボンだけもらってこれは戻そうかな。…もう封を取ったし、意味あるかわからないけど」

「戻すって……わざわざ?」

「うん、わざわざ」 

 

せっかく取り出したのに…?

不思議に思うけど、…来夏にも何か考えがあるんでしょう。 

 

「あ、でも持ってくの面白そうだな。自分の生首と対面?」

「……」

「彼首に包帯あるし全身に包帯あるから、聞いたんだよね。そしたら、これは違うって。怪我してたから巻いただけ、と。」 

「あら、そうなのね。戻すにしろ、みんなには伝えるの?」 

 

どうするつもりなんだろうかと問うと、来夏は少し困ったような、悩んでいるような顔をしていた。

 

「………………ほんと、どうしたものかな。……くるりセンパイ…ここから出たい?」

「………!ええ、出たいわ」 

「くるりセンパイ、仲いい人いる?この人は置いていけないな、って人」

「……?みんな置いていきたくなんてないわ」

「それは、あよ、センパイ、も?」 

 

じ、っと見つめられる。

あよ先輩は、もう死んでしまったけれど……。

ここに一人残されるのは、寂しいだろう。

 

「あよ先輩は…………あよ先輩も、できることなら」 

「うん、そっか」

 

答えに満足したのか、にこりと笑って木箱を手に抱える。

「ならこれはみんなのところへ持っていこういや、持っていくのは座敷童子くんのところか」 

 

「……ええ、そうね。……? 何だったの?」

「確認だよ。俺は…………どっちでもいいからさー」

箱を持ちながらにこりと笑う

「……どっちでもいい、って」 

 

どういう意味、なんだろう。 

 

______…… 

【視点:七辻朽木】 

 

「やっほ〜座敷くん」

「お邪魔するわ、七辻くん」 

 

いつも通り座敷牢にいると、来夏さんとくるりさんが勢いよく入ってきた。

来夏さん、さっきも来てたと思うんだけど……。 

 

「え、あ こんばんは……??」

「こんばんは。これ、箱持ってきたよ。」 

 

そう言って差し出された箱を見れば、なるほど、確かに頭の部分のそれだった。 

あれ、…でも、まだ揃っていないんじゃなかったかな…。

来夏さんには、最後にしてほしいと言ったはず?だけど……。  

 

「箱……あっ首……?あの、他のとこってもう全部拾ってます……?」

「ん?あと胴体の発見報告聞いてないね。」

「う、ううん………なら、どうしよう、………すいません、せっかく持ってきてくれたのに申し訳ないんですが、しばらくまだ井戸の中に戻しておいてもらってもいいですか……?」 

「えっ」

「え〜、やっぱりだめ?」

 

戻してと頼まれるとは思わなかったのか、二人とも声をあげる。 

 

「あはは、井戸の水飲めなくなっちゃうもんね。」

「はい………それにこれがないとこの家安全じゃなくなってしまいますし……」

 

……分かってるならなんで持ってきたんだろう。 

 

「でもさ、これ見て?リボン」

「?」

「君のとおそろい?」 

 

目の前にぶら下げられた、真っ赤なリボン。

……ああそう、確かに、それは己の大事な__だけど。

今のこの状態で、自分のことはあまり話せないから、何も言えない。 

そっと目を逸らすと、埒が明かないと思ったのか、再度問われる。

 

「質問変えるか…これ、君のリボン?」 

「………………」

静かに頷く。 

 

「………………。タイム・パラドックス、みたい。君とリボンはここにいるのに箱の中にもリボンが」

「たいむ………???」 

「どのリボンが先にあったんだろ〜?ね」 

 

横文字は苦手だからどういう意味かはなんとなくしか分からないけど。

 

「………己はここにいるけどいないから……??」 

 

_______…… 

【視点:山桜桃蒼】 

 

「井戸の中に何かあるのかな…」

 

屋敷の敷地内にある大きく深い井戸を一人、覗きこんでいると、後ろから突然声が聞こえ、耳元にふうと息がかかる。

 

「あれ?センパイ…どうしたんですか?」

 

「ヒッッッ!?????!??!?!」 

 

「わ………びっくりした」

「…な、なんだ来夏か」

 

思わずその場に転げ、振り返れば、仕掛けてきたのは向こうなのに何故か目を丸くしている来夏と、その向こうでくすくす笑っているくるりが見えた。 

 

「はい、来夏です」

「びっくりしたのこっちのセリフだよ」 

 

心臓が飛び出るかと思った……。

呆れながらも立ち上がる。

来夏は首を傾げると、井戸の中を指さした。

 

「まぁ、予想通りの反応で楽しかったです。井戸の中に入りたいの?」

「たのし…いやもういい…。入りたいって言うか何かあるかなって思って見てただけだよ」 

 

特に用事があったわけでもない。

そういうと、ぐいと木でできた箱が目の前に差し出される。 

 

「これ。これあった」

「何これ?」

 

なんか、同じようなのを持ってるなあ、そういえば。

あれの仲間かな? 

 

「骸骨。頭の部分かな?胴体見つけてからじゃないと、動かさないほうがいいんだって」

「へえ、そうなんだ。井戸に戻ってきた?ってことは何か他に用事でもあったの?」

「いや、今からこれを井戸の中に戻すだけ。あ、蒼センパイ胴体とか見かけてない?」

「胴体は見かけてないよ。右腕だけ持ってる」 

「座敷くんに預けないの?」

「え…?ああ、そういえば預けてなかったかも…」

「あんま無理して突っ込んだら危ないよ?俺の顔見えてる?」

 

ぼうっと答えていると、ふと来夏が目の前で体を左右に揺らしはじめた。 

 

「…?何してんの?来夏の顔は見えてるよ。…えーっと、今日もイケメンだな?」

「あはは、どうもー。いやそうじゃなくて、」

よく分からないまま返すと、ふと来夏がす……と真顔になり、

「見えてないよ。だって一緒に行こう、とか誘われないし」

不満そうに口を尖らせた。 

 

「一人で行ってるデショ」

「………何もいえません……。一人で行ったほうが、いいと思って…」

「なんで?」

「そ、れは…その…」 

 

この後輩には嘘とか誤魔化しが通じないのはよく分かってる。

思わず目線を泳がせると、

 

「蒼センパイ、こっち見て。な ん で?」

 

にこり、と圧のある笑顔が向けられた。 

 

「……正直、死にいそ、ん゛ん゛ 生き急いでたとこあります……」

「やっぱり」 

 

あよがいなくなって。

どうして自分が生きてるのか、分からなくて。

自分が死ねばよかったのに、って。

そんなこと、誰にも言えなかったけど。 

 

「自暴自棄になってる」

「いつ死んでもいいように1人で動いてたよ……」

「俺たちのこと見捨てるの?蒼センパイ」

「見捨てる気は、ないよ…」 

「なら死ぬな。人が減ると全滅の確率が上がる。」

「はい……すみませんでした…」

 

謝ることしかできない。 

 

「……とりあえず、早く箱戻さない?」

 

二人で話している間にロープの準備が終わったのか、くるりがまだなのだろうかとこちらを見ていた。

完全に置いてけぼりにしてた。

……気まずい。 

 

「く、くるり。あ、ああ、そうだね。おれも協力する…」 

「じゃあ、さっきと同じようによろしくね」

「はーい、お任せくださーい。センパイも暇なら縄支え出てもいいんだよ?」

「じゃあおれも…」

 

井戸の中へと潜っていくくるりを見送りながら、右手でロープを支える。

今は……左手は、上手く掴めないから。 

 

「あれ?片手だけ?」

「左手はちょっと痛めたから」

「ふーん、手当した?」

「ちゃんとしてもらったよ」

 

本当に、目敏い後輩だよ。

左手、ずっと後ろに隠してたのに。 

やがてくるりが下についたようで、「箱下ろしてもらってもいいかしら」と声が響く。

木箱を結び付け、中へと下ろし。

無事に戻せたのか、今度はくるりを引き上げて。 

 

「ただいま、ありがとうね」

「こちらこそ降りてもらってごめんね?」

「いいのよ、私が来夏を持ち上げてって言われても無理だし」

「それもそうか。うん、じゃあウィンウィンだったってことで」 

「じゃあ、おれはこれで…」

 

和やかに話す二人を横目にそっとその場を離れようとすると、急に振り返った来夏に左手を掴まれた。 

 

「えっな、なに??」

「……………」

 

包帯の巻かれた、……あるべきはずの小指がない手をじ…と見ると、何も言わずに手を離される。 

 

「あ、本当に手当してた。ならいいや。」

「うん、あの、くぎさん?にちゃんと手当してもらったから大丈夫だよ」

「座敷くん?ふーん……」

「…ああ、七辻くんのところに行ったの。なら、いいわ」

 

ちらりとこちらの様子を確認すると、くるりはすぐに去ってしまった。

…まあ、おれのせい、…なんだろうな。 

 

「…………。蒼センパイいつもこんなんばっかすね。」

「こんなんって…小指に関しては運が悪かっただけだよ」

「いや、そっちじゃなくて。ま、いいけど。約束する指を亡くして、嘘つきになっちゃったら嫌だな、って」

 

ひらひら、手を振ってくるりを見送りながら、縁起でもないことをいう。 

 

「なるほどなぁ……じゃあもう…嘘つきになるくらいなら、何も約束しない方が良いかな」

「あはは、そこは嘘ついてよ。どうせわかりやすいし」 

 

「来夏がいるなら嘘つく意味無いし…」

 

どうせすぐバレるだろうに。 

 

「いさぎいい〜!ん、じゃあね、センパイ。勝手に死なないでね。寂しいから」 

 

________…… 

【視点:久々利李々】 

 

「……香澄、今いい?」

「?りりちゃん?なんですか〜?」

 

屋敷の中、香澄を探し出して、話しかける。 

 

「香澄、前に地下室の鍵を見つけたって言ってたよね。もしかしたら使えるかもしれないところ、見つけたから……良かったら、貸してほしい」

 

さっき見た、倉庫の奥の扉。

…もしかしたら、あの先が地下なのかもしれない。

そう思って手を差し出すけれど、何故か香澄は渡してくれないようだった。 

 

「1人は危ない…と思います…!それに…その…りりちゃんあんまり顔色も…良くないし…。だから…駄目!!!です…えと…あげられません!!」

「……じゃあ、どうしたらいいの?」

 

…困ったな。

せっかく、役に立てるかもしれないのに。 

 

「あのね、多分あの扉、ちょっと危ないと思う。来夏も言ってたけど、私が扉に触ったら中から女の人の声がしてこうなった」

 

ちらりと、首を一周する赤い傷跡を見せる。

それでも香澄は納得してくれないみたい。 

 

「うっ……なおさら、駄目です!!!えっと…ううん…う〜ん…じゃ、じゃあ…私がいきます!」 

「駄目。私はもう一回扉に触れたから、もしかしたら次は大丈夫かもしれないけれど、香澄はそうじゃない。多分香澄も私や来夏と同じようになるよ。それに、香澄がそうなったとしたら、それは私のせいだから。私は、自分のせいで香澄が傷付くところ、見たくない。……だから、鍵を渡して欲しい。中を確認したら、きちんと香澄を呼びに戻るから」 

「で、でも…うう…」

「……心配なら、倉庫の外で待っててくれたらいい。何かあったらちゃんと呼ぶから」 

 

どうにか説得できないかな、と試みていると、

 

「あ、香澄ちゃん、発見ー。」

 

タイミング悪く、来夏が来た。

来夏も香澄を探してたのかな。 

 

「来夏くん…!!!!!」

「はい、来夏くんです。」

「あの、あの…りりちゃんが!りりちゃんが1人で扉開けようとしてるので!!とめてください!!!」

「扉?」

 

どうやら自分一人ではわたしを止めれないと思った香澄は、来夏に頼ることにしたらしい。

来夏を説得するのは、難しい……。 

 

「…………倉庫の奥の扉。もしかしたら香澄の持ってる鍵で開くかもって思ったから、借りに来た。来夏も扉に触ったよね?あの奥に何かあるかもしれないけど、危ないものがいるかもしれない。だから、開けるなら人が少ない方がいいと思って、私一人で行こうとしてる」 

「あ、うん。座敷くんが書斎に鍵あったようなって言ってたから。で、なんでりりがいくの?」

「そ、そうですよ!危ないです!」

「?香澄が行くのは危ないと思ったから」

「りりは危なくないの?」

 

痛いところを突かれる。 

 

「扉、触らなかったら聞き耳を立てても何もなかった。多分触ると良くないことが起こるんだと思う。でも、鍵を使うなら多分扉に触るよね?私だったら一度扉に触れてるからもう大丈夫かもしれない。だから、香澄より私が行く方がいいと思った」

「なんで俺呼んでくれないの。粗末にしたら、嫌な気分味わったよね?何度同じこと言わせんの。」 

 

ああ、怒ってる………。

だけど、でも。

もう目の前で誰かが傷つくのは、見たくない。

 

「……だって、私は来夏が危ない目に合うのも嫌だ」 

「それが何?香澄ちゃん、一緒に行こっか?」

「えっ…あと、だ駄目です!!!私1人でいきます!!!!」

「みんなで行った方が危険度が下がるっぽくない?だってほら、レディの数分割されるかもしれないし。みんな一人でいきたがるな…」

「うっ…でも…りりちゃんはみんなで行くの危ないって…」 

 

「ね、お願い、せめて俺は連れてってよ。死体の山見たーい。そりゃみんな自分のしたいようにするから、そう主張するって。ねー、香澄ちゃん。一緒に頑張ろって約束したじゃん、連れてってよ」

 

来夏はそう、にこにことお願いをしてから、 

 

「じゃないと俺…書庫を香澄ちゃんに…お願いしたせいでこんなことになって…ショックで眠れないよ………」

 

わざとらしく泣き真似をはじめた。 

 

「一緒に…責任…ううっ…でも…あぶない……」

「大丈夫、俺いるから。危なくないよ。安心して。」

「……………2人が行くなら私も行く……」

 

結局、来夏のペースに乗せられちゃったな。

……大丈夫、何かあったら、わたしが二人を守らなくちゃ。 

 

「危なく、ない…?」

「うん。大丈夫。さ、いこっか?」 

 

___ 

 

「鍵貸して?俺が開けるから」 

 

来夏が香澄から鍵を受け取り、扉の鍵穴に差し込む。

途端、扉の向こうから響く、何人もの女の嗤い声。 

 

「あは あはははは あはは ふふ あは は」 

 

「やほー!昨日ぶり?あ、話しかけても答えてくれなかったんだっけ。残念ー」

 

おちゃらけた様子で声に挨拶をする来夏。

二回目だからか、何も起きなかったみたいで。

………よかった。

ひとまずはほっとする。 

三人並んで真っ暗な中を降りていく。

テントから持ち出したランタンをつければ、仄かな灯りに照らされ、まず目に入ったのは。

棚の上に乱雑に積まれた………大量の骨。

一体何人分だろう。 

 

たぶん、これが最後の木箱かな。

骨と同じ棚に置かれていた箱を香澄が回収する。

 

あと、何か…手がかりがあれば。 

 

ふと目に入ったのは、二つの冊子。

一つは、随分古いように思える和紙でできたもので、年月日と名前がずらずらと連ねられている。 

 

『昭和十年 █月 ████

昭和三年 █月 █████

大正十三年 █月 ████

天和三年 █月 █████

……』 

 

もう一つは、供養の仕方が書かれていた。

墓をつくり、卒塔婆を建て、供物になる花を捧げ、お祈りをしろ……みたいな内容。

卒塔婆……。

 

「……そういえば、海岸に卒塔婆、沢山あった。あそこにも花を供えてあげたらいいのかな」

「花とかあるの?ここ」

「見かけたことないです…」 

 

もし、ここの骨を供養するとしても、……お花がない?

困ったな。 

どこかに咲いてたらいいんだけど……。 

 

____

 

村中を歩き回って、そういえばここはまだ誰も行ったことがなかったなと気が付いたわたしたちは、学校の裏手に来ていた。

建物がなにもない場所。

そこにはいくつもの盛り土があり、その上に札が刺されていた。

近くに小さな花畑もある。 

 

「あよセンパイ…」

「……これ、私が書いた、あよの……」

「あよ先輩…」 

 

みんな何も書かれていない中、一つだけ名前が書かれた札。

わたしが書いた、卒塔婆。

 

「……あよ以外の、何も書いてないのは……多分、書けなかったからだね。朽木、文字の読み書きが出来ないって言ってたから。だから、あよのも私が書いた」 

「…………ふーん。全部座敷くんが埋めたのかな?律儀〜」

「優しい人ですね…」

「ってことはここで最後に死んだ人は、供養されないのか。彷徨う、ことになると。これは座敷くんに全員の名前の文字教えとかないとな。」 

 

_________……… 

ここへ来てから二週間。

少ない食料と理不尽な出来事の連続に精神と体力を削られ。

きっと、限界を感じ始めている方もいらっしゃるでしょう。 

 

……ですが、ご安心ください。

皆さんは少しずつ前に進んでおります。

まだ解放までは足りませんが、このまま進んでいけば。

 

きっとしあわせな未来が待ち受けています。