壱話

【視点:七守くるり】  

 

ぽろ、ぽろと、目の前の夜の色をした瞳から涙が溢れていく。 

 

「く、るり」 

 

……たった一日で、平和な日常から恐ろしい叩き落とされてしまった。

いまだに信じられい、信じたくない。

自分の手足が、ひどく冷たかった。 

あよ先輩。

いつか、__いつか謝ろうと、そう思っていたのに。

もうどこにも届かなくなってしまった。 

瞼の裏に焼き付いた悲惨な最後に叫びだしたいほどの感情を押さえつけ、そっと親友の手を握り、微笑んだ。

 

「……氷華、寝ましょう、か」 

「ね、寝るって…今から…………。そっか、寝ないとダメですもんね…ちゃんと…しない、と…」 6

 

俯く氷華に慰めをかける。

 

「ええ…………もしかしたら、ぜんぶ、夢なのかも、しれない、し」 

 

夢ではない。

これは現実だ。

わかってた、わかってる、でも。 

 

「ゆめ……ですか」

「だから……っ、一度、ちゃんと休みましょう……ね?」 

 

今は皆、限界だった。

いっときだけの慰めだとしても休ませてあげたかった。

……あるいは、自分への慰めだったのかもしれないが。 

 

「そう、ですね!だって、ちゃんと、みんなで笑ったこと…思い出せますから…あれがきっと……全部ほんとだったんです………。

 

はい………ありがとう、ございます…くるり」

 

ぐにゃりと、不格好な崩れた笑顔を浮かべる、大切な親友。 

 

「いつもと同じように、抱きしめて寝て、良いかしら…………?」

「!もちろんです……!ボクも、そうして、ほしいです……」 

「……ありがとう、じゃあ早く、寝ちゃいましょう。………今日は、抜け出さないでね、ちゃんと一緒にいて頂戴ね」

彼女までいなくなってしまったら、そう考えるだけでおそろしくて。 

「今日はちゃんと寝ます、くるりと一緒に……置いていきません…絶対」 

 

お互いの存在を見失わないように、抱きしめ合って布団へと入る。 

 

「……おやすみなさい、氷華」

「おやすみなさい、くるり…」 

 

【視点:久々利李々】 

 

「……………」 

 

ふらふらと、覚束ない足で、ひとり。

月だけが照らす真っ暗な夜。 

今李々の頭を支配しているのは、飛び散る赤。赤。赤。

それだけ。 

 

あれは、誰のだった? 

 

「………………ぁ、」 

 

………はくりと口を開く。 

 

「……ああ、あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙!!!!!!!!!!!!!!!!」 

 

闇の中、慟哭が響いた。 

 

「っなんで、どうして、わたし……わたし、なんで!!!!!!!!!!!!!いや、なんで?なんで!!!あよ、お兄ちゃ……、いや……、嫌…………!!!!!!!」 

 

「ゔ、ぁ、わたし……、わたし、ぁ…………、あ゙ぁ゙ぁ゙………どうして、どうして、どうして」

 

「嫌、………嫌、なんで、こんな」 

 

「うそ、うそ……なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで、誰も、誰も言ってくれなかった!!!何も、教えてくれなかった!!!どうして!!??!?!?!!!」 

 

「いやだ、ごめんなさい、わたしの、わたしのせいで、ぜんぶ」 

 

「いや、………なんで、いやだ………………」 

 

「たすけて」 

 

……夜は、まだ明けない。 

【視点:雪成氷華】 

 

雪成氷華は、木造の校舎の中を歩いていた。

少し前までは硝子の割れた朽ちかけた学校だったはずだが、気づけばつい最近まで使われていたかのような綺麗なものになっている。 

 

「なんだか懐かしいです…」 

 

子どもの数が少なかったのだろう。

たった一部屋しかない教室。

黒板には、当時の日直だったのだろう誰かの名前が端に残されている。 

 

___…………? 

 

なんとなしに黒板を眺めていると、ふと………先ほどまで日直の名しか書かれていなかったはずの黒板が様変わりしていた。 

深緑の黒板の上、白い文字が大きく書かれている。 

 

「ようこそ あたらしいおともだち ひょうかちゃん」 

 

「ひっ……?!」 

 

明らかな悪意。自分に向けられた言葉。

恐怖に怯え尻もちをつく。 

 

……瞬きの間に、文字はなくなり。そこにはさきほどまでと変わらない景色があった。 

 

 

【視点:三崎新】

 

ぐらぐらと揺れるブランコ。

少しばかり懐かしい気持ちになりながらふらりと座り込んだ。 

 

「学校って感じするな。ブランコでよく遊んだな〜…。」 

 

「…はぁ…まさか教室があんなにやばいとは。学校やばいな。」 

 

さきほどまでいた学校の中を思い出す。 

 

気味の悪い黒板に、人の骨がいれられた箱。

リアルのホラーは苦手だっていうのに、まさか自分が体験する羽目になるなんて。 

 

「にしてもこれもやっぱりしっかりしてるな。木製だけど。ささくれに気をつけないと。」

 

少しばかりブランコの上で休憩してから、さてそろそろ戻ろうかと立ち上がり、誰もいない運動場を通り抜けようとした。 

 

ギイ……… 

 

…それは、今しがたいた遊具のそば。

スプリングが揺れる音がした。 

見れば、遊具の上に小学生ほどの身長の……白い影が、ギイ、ギイ……、と遊具を揺らして遊んでいるようだった。 

 

「…?誰かいるの、」 

 

思わず戻って近づく。

それはやはり……こどものように見えた。

ゆらゆら、と不規則に揺れる煙のような白い体。

すぐ傍まで寄っても新の存在に気付いてはいないようで。

ただぼんやりとそこにあった。 

 

「子供…?おーい。」 

 

聞こえるように声を張り上げる。 

 

ぐるり。 

 

声に反応したのか、それが顔をこちらに向ける。 

その真っ白な顔は、一面が醜く太った無数の蛆に覆われていた。

どこが目で、どこが口なのか分からないほど、ぎっしりと詰まった白い蟲の塊。

それは昨夜見た人魚とおなじだった。 

 

「ぃ゛、」

 

ぞわりと鳥肌が立つ。

逃げようと足を進めようとした、そのとき。

それは口を開いた。 

 

「でられない」 

 

「みんなみんなみんなみんなここにずっとずっといろここにずっとむらといっしょにここにみんなほろんでしまえっておきゃくさんがごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」 

 

抑揚のない声が淡々と誰に向けたものかもわからない懺悔を零す。

……やがてそれは、ゆっくりと遊具を降りるとどこかへ消えていった。 

 

けれど。 

 

あの声は、ごめんなさいと言い続ける声は、いつまでもいつまでも頭の中に残響していた。 

その場を遠く離れても、どこへ行っても、ずっと。 

 

【視点:七守くるり】 

 

七守くるりは、一人広場を散策していた。

緑の豊かな広場は、昔は子どもたちの遊び場であったのだろうことが伺える。

のどかで、ここが異界でなければただの平和そうな場に見えただろう。 

 

その中心に、赤い血に塗れた木の台がなければ。 

 

人ひとりが寝られるほどの大きさがあるそれから、ぽたり……と血が滴り落ちていく。

異様な光景だった。 

一体何があったのだろうと、そう……眺めていたら、 

 

ふと。気が付いた。

自分の周りを、大勢の人間が囲っている。  

年も性別もてんでばらばら。

中年の男性、女性、老人、子ども以外の様々な人間がくるりの周りを取り囲む。 

 

「……!?」 

 

先ほどまで誰もいなかったはずなのに。

何が起こっているのか分からず、目を見開く。 

 

そんなくるりの様子を気にもせず、彼らはくるりの手を掴んだ。

あの、血に塗れていたはずの木の台。

今目の前にあるのは何の汚れもない綺麗なものだった。

その上にくるりの体を押し付け、ベルトで固定していく。 

 

首だけが、台からはみ出すように。

 

そうして__……彼らの中の一人が、大きな鉈を手に、くるりの顔のすぐ横に立った。 

 

いや、いや、嫌、死にたくない! 

 

本能的な恐怖から泣き叫ぶ。

それでも、鉈を持つ手が止まることはない。 

 

そして、その手が、ゆっくりと振り上げられ________ 

 

首の中を冷たいなにかが通っていく嫌な感覚を最後に、

はっと意識が戻った。 

 

何もない。

あれだけいた大勢の誰かも、鉈も、拘束された体も、泣き叫んだ跡も、

___…何も、なかった。 

ただ、目の前に血まみれの台があるだけ。 

 

「っ、なに、いまの……」 

 

自分の身体を両手で抱きしめ、震える体を押さえつける。 

 

あれは夢だった?

でも、自分は確かに今死を体感した。

あれは、あれは現実だ________…… 

 

【視点:識想望来夏】 

 

「香澄ちゃんだ、何してるの?…あ、食料あったよね、そこ」 

 

いくつか探索を終えて客間に戻れば、香澄ちゃんががさごそと部屋を調べているようだった。  

 

「あ、…えっと…私はお腹空いてないので…よかったら皆さんで、食べてください」

「俺の分はもう持ってったから平気〜外に倉庫あるじゃん?そこ整理しながら食べるよ。」 

 

あ、ちょうどいいじゃん。

ふと思いついて、わざとらしくため息をつく。 

 

「でね?倉庫も片付け大変そうだから多分時間かかっちゃって他の場所調べられないんだよね…はぁ。体二つあれば良かったのにね?香澄ちゃん、書斎にはもう行った?」

「書斎…ですか?私はまだいってないです…外危なそうですし……」 

「危ない?…危なくなかった。面白そうなの見つけてさ。」

 

不安そうに眉を下げる彼女に、書斎から拝借してきた手紙を見せる。 

 

『村長殿へ

”お客さん”の封印の儀は八月十四日の午前十時より行う運びとなりました。

宮司の手配も整っております。

例の者の準備をお願いいたします_____』 

 

「これ〜。お客さんってあの怪物?封印できんのかな〜」

 

この異界から出る方法をずっと探していた。

封印とやらをすれば、元の世界に戻れるかもしれない。 

 

「…あ、の怪物…お客さん、なんですか…?」

「ほら、あの男の子が。アレのこと『お客さん』って」

「あ、あの赤い人…!なるほど……。でも、あの怪物がお客さんなら、封印出来るってこと…ですかね?」 

 

「飲み込みはやーい〜、頭いい〜。そうなんだよ!そしたら怖くないでしょ?」

 

にこにこと笑顔を向けて、褒めておく。

香澄ちゃんは単純だから、きっとすぐ乗ってくれるだろう。 

 

「えへ…そうでしょうか…。た、確かに…そしたら怖くないかも…です…」 

 

「でも用意するものっていうのがよくわからなくて。書斎には本棚もあったからなんか記録とかないかな〜って。で、あそこもグチャってなってるから片付けないといけないんだよ…」

 

少しばかり顔を顰めてみせれば、 

 

「…!なら私、書斎行ってきます…!探し物は割と得意なので…」

 

顔を輝かせて意気込んできた。 

 

「本当?あ〜助かるっ!俺は倉庫片付けて調べるからさ、なんかわかったらまたこうやって話そう?」

「は、はいっ…!分かりました!がんばって来ますね」

「香澄ちゃんも本とか手紙の残りとか…なんか見つけたら教えて〜」

「は、はい!見つけしだいお伝えしますね…!」 

 

「あはは…ほんと治んないよね、その癖。かしこまんなくていいって。じゃ、また後で。」

「はい、また後…えっと…またね?」

「そうそう!そのチョーシ〜。」 

 

とりあえずはこれで効率よく探し物ができるだろう。

 

封印かあ……倉庫のほうも手がかりがあるといいんだけど。 

 

【視点:語伽アガタ】 

 

大きな姿見が目の前にあった。 

今も営業しているかのように綺麗な病院の待合室。

そこに、磨き抜かれた鏡がある。 

 

ふと、……自分の後ろに、だれかがいたような気がした。

ふわりとたなびく、淡い水色の……それは、確かに見覚えがあった。 

 

「……よんよ?」 

 

振り返る。

……誰もいない。

もう一度鏡を覗き込んでも、そこに映るのはいつもの、人形のように整った顔の少年の姿だけ。 

 

ふらふら、探し歩く。

誰よりも先にいなくなってしまった彼女。

まだこの村にいるのだろうか。 

 

けれど、病院の中を回っても、あよの姿は見つからなかった。 

ここにはもうなにもないかなあ、と病院を出ようとした、そのとき。  

 

ガサ、……と衣擦れの音が聞こえた。 

 

診察室の、ベッドの上。

なにかが横たわっている。

赤黒い色をした、人のような形をした……なにか。 

 

「……?ねてる……?」

 

近づいてみても反応はない。

…もしかしたら、この人…?ならよんよを見たかもしれない。

そう考え、話かける。 

 

「…よんよ、見てない?水色の、女の子。さっき…ここにいた気がする……。」 

 

次の瞬間。

それは頭を思い切り回転させて、アガタを見た。 

 

その顔は凄惨の一言に尽きた。

まるで獣にでも食われたかのような噛み痕だらけの顔。

元の顔の造作がまるで分からなくなるほど赤く、赤く染まり、その隙間から骨が覗いている。 

……到底、生きている人間とは思えない。 

その赤黒いなにかは、ぐわりと口を大きく開くと、耳障りな音で喚きたてた。 

 

「もう食べません!もう食べません!もう食べません!もう食べません!」

「許してください!許してください!許してください!許してください!」 

 

体が石になったように固まっている、その間に。

それはすう……と幻のように消えていった。 

いまのは、いったい……?

ひとまずは無事なことに安堵する。が。 

その夜否が応でも気づいてしまう。

無事でなどなかった、と。 

 

眠ろうと目を閉じれば、あの声が響く。

 

耳の奥で、許しを乞う声が、ずっと……… 

 

【視点:久々利李々】 

 

久々利李々は、昨日訪れた洋服店へと再度足を運んでいた。 

 

…昨日、みんなと一緒に訪れた際に現れた、あのぎっしりと鱗の生えた人影。 

みんなを巻き込めないからと一度は一緒に逃げたけど。

もしかしたら、なにか手がかりがつかめるかもしれない。

……みんなの役に立てるかも。 

そう思って。 

 

ぬるりとレジの裏から起き上がる、エプロンを身に着けた…成人した女性のように見えるなにか。

白い体の一面を覆う鱗。

昨日見たのとまったく同じだ。 

 

「……あの」

 

意を決して声をかける。 

 

ゆっくりと、顔がこちらに向けられる。

その顔も、すべてが鱗に覆われていた。

ぎっしりと、元の顔が分からぬほどに。 

 

むわりと生臭い香りが漂う。 

 

「いらっしゃいませ」

 

ごく普通の、淡々とした女性の声が発せられた。

もしかして、話が通じる…? 

 

けれど僅かな希望はすぐに朽ちる。 

 

「いらっしゃいませおきゃくさんおさがしものはなんですかもうしわけございませんわたしはもっていな い な ない かえせない かえせないんですわたしはちがう ち わたし、わた 」 

 

ぐら、ぐら。

 

……そうしてそれは、頭を左右に揺らし、己の手でがりがりと鱗を剥ぎ、黒く腐った血を撒き散らし、ゆっくりと店を出て行く。 

 

何も得られなかった落胆と、緊張から解放された気持ちから息を吐いた。 

 

「……?これ、なに?」 

 

ふと、違和感を覚える。

見れば、自分の手の甲に、きらきらと黒く光る鱗がいくつもついていた。

 

「………鱗?どこかで、付いた?」 

 

いや。

いや、違う、これは……

 

「……違う。私の手、から……?」 

 

「……っ、なんで……!?」

 

どうしよう、どうして、べり、と鱗を剥がそうとする。 

 

「……なんで、なんで…………っ!……は、剥がれて、お願い……!」

 

ガリ、ガリ、ガリ、何度も何度も何度も何度も手から血が溢れても尚剥がして剥がし続けた。なのに、剥がしたそばから新しい鱗がまた生えてくる。消えない。消えてくれない。 18

 

「……………駄目。どうして…。……隠さ、なきゃ。じゃなきゃきっと、皆に心配掛ける…………」 

 

それは、だめだ。

わたしがわたしを許せない。 

 

「……大丈夫、私は大丈夫。皆に、迷惑掛けられない。一人でも、大丈夫」 

 

ぶつぶつと小声で呟きながら包帯を取り出し、巻き付ける。 

 

「……うん、平気」 

【視点:語伽アガタ】 

 

大きな姿見が目の前にあった。

あれ、これ似たようなの、こないだもやったかな。 

 

知らないひとの家。

おじゃまするよと言って入った先の、寝室。 

 

血まみれの布団の傍に立てかけられた鏡。

今度は、よんよはいないみたいだった。 

 

でも。

……やっぱり、じぶんの後ろに、何かがある。 

 

女の顔、顔、顔。

沢山の女の顔を一塊にしたような奇怪な化け物が映っている。 

 

血の気が引く。

 

……いやだ、見られたくない。 

 

「か  え  せ」 

 

女たちの顔がいっせいにアガタを見て、幾重にも重なった声が響き渡った。

……けれど、振り返っても誰もいはしなかった。 

 

「………っ!」

 

咄嗟に鏡から距離を取る。 

 

「…最悪…………」 

【視点:朝凪香澄】 

 

「あっあっ!来夏くん!書斎で資料!見つけました!!」 

 

たったっと駆け寄って、持ち出した資料を見せに行く。

二日間かけて片付けた本棚の中には様々な情報があった。

どれが必要なものなのかは、よく分からないけど。

これで少しは、役に立てるかもしれない。 

 

「あ、なんか見つかった?」

「はい!えっとですね…」

「うんうん」 

 

表紙に蟲の絵が描かれた冊子を開く。

記されていたのは、蟲おくりという祭りに関してだった。 

 

『蟲おくりの祭

例年六月上旬に行われる。

この村では、村人たちが集まって松明を燃やし、行列をつくる。

長は行列の先頭に立ち、蟲に見立てた藁の人形を掲げる。

そうして田圃を歩き、最後に藁の人形を神社で焼却する

こうすることで、えびす様に一年の豊作を祈願するものである。

祈願が叶わず作物の実りが悪かった年があれば、翌年に生贄を捧げる。

贄に使われるのはお客さんに孕ませた子のうちのどれか。

お客さんがいなければ村の中で最も地位の低い、頭の良くない子どもである』 

 

「っ!これって………」

 

驚き目を見張る識想望君に、更に村の習わしと書かれた資料を見せる。 

 

「あとですね…」

「うん。」 

 

『お客さん

女は村の男と█わせ子を二人以上██せる

一人は村の血を薄めるため

もう一人は█につかうため

用が済めば女も男も皆で███』 

 

「あとはメモがありました!」

「メモ?」

「はい、えっと何だかちょっと不穏なことが書いてありました…」

「どんなー?」 

 

『あの女が死んでから蟲の多さが異常だ。

作物こそ食い荒らされていないものの、異様に大きい蛆や百足がよく出没する。

火で焼けば一時的にはいなくなる。

しかし、時がたてばまた発生する。

なにか方法はないものか。

不作、不漁でもないのに贄を使うのはもったいない』 

 

走り書きされた汚いメモを読みながら、眉を寄せる。

……贄。 

 

「こんな感じで…その…生贄が必要みたいで…」 

「生贄に関することね、俺も見つけたんだけど同じ女のことを指してるのかな?」

 

そう言って識想望くんが見せてくれたのは、誰かの日記のようだった。 

 

『████が蟲物せる罪を犯した。

村を呪い、えびす様と混じりあい、

そうしてあれが、”お客さん”が産まれた。

厄介な女だ。

大人しく食われておけばいいものを』 

 

「閉鎖された村によくあるホラーな話だね。なんか映画の中みたい。」

「………そ、そうですね」

「やっぱものがたくさんあると一気に情報が…」

「そうですね……情報が増えると混乱しちゃいます…私、もうなにがなんだか…」 

「シンプルに言えば、多分よくないことをしてたら良くないことが起きて全滅…そんな感じじゃない?」

 

あっけらかんとした声に、思わず絶句する。 

 

「ぜ…全滅…」

「ここ廃村じゃん?」

「廃村…全滅…わ、私達も全滅…しちゃうんでしょうか…」 

 

こわい。本当は、怖くて仕方がないのに。

 

全滅、だなんて……。 

 

【視点:山桜桃蒼】 

 

真夜中。 

 

みんなが寝静まったであろう頃。

……”お客さん”が、動く時間。 

山桜桃蒼はたった一人、誰もいない民家に残っていた。 

手には、昨日拾った”人形”。

紙でできた真っ白な人形。 

 

『夜はお客さんが来る。

お客さんが来たら、人形を二つ持って玄関を開ける。

お客さんの前に人形を一つ差し出して、すぐに扉を閉める

もう一つの人形を握り、いなくなるまで待つ』 

 

近くにあった壁には、確かにそう書かれていた。

もしこれが、本当なら。

何かあったときに、役に立てるかもしれない。 

 

けれど。 

 

けれど、いくら待てども”お客さん”は訪れなかった。

夜は動くと言っていたから、来るかもしれない、この人形が使えるのか試せるかもしれないと思ったのに。 

 

そこで、ふと気が付く。

あの、赤い着物の子が言っていた……、 

 

『夜はなるべく外に出ないように。特に海岸付近には近づかないようにしてください。先ほどみたあれ……”お客さん”が、活動する時間です。…まだ完全に自由にはなっていない、ので…しばらくは、この辺りまで来ることはないはず、です。海にさえ近寄らなければ安全かと』 

 

そうだ。

あよがいなくなってから、いっぱいいっぱいで、焦るあまりに忘れていたけど。

”まだ”、海の周辺にしかいないと言っていた気がする……たぶん。 

なら、ここで待っていても来ないのだろうか。

……そうだ、一度…あの子に聞いてみてもいいのかも。 

 

______________________

 

「えっと……こんばんは。蒼さん?でしたよね」 

 

屋敷の中の、座敷牢。

鍵のかかっていない牢の向こうにいた彼は、こちらに気が付くとぺこりと頭を下げた。 

 

「こんばんわ。…君に聞きたいことがあって」 

「えっと、……はい、なんでしょう?」

 

首を傾げる彼にかいつまんで説明する。

すぐに思い当たったようだった。 

 

「なるほど。ヒトガタを……ですか。あまり、おすすめはしませんが……。その、蒼さんが持っているものは、真っ白な何も書かれていないもの…ですよね?」

「何も書いてなかったよ」

「で、あれば……意味がないかと」 

「?どういうこと?」

 

あの説明書きには、真っ白だと使えないなんて書いてなかったと思うけど。

なにかやり方が違うのだろうか。 

 

「えっと……それは、お客さんが来た際に自分の身代わりとしてつかうためのものですから、名前が書かれていなければ誰でもないただの紙でしかありません。…説明が欠けていたのでしょうね。その状態のままお客さんに会いにいっていれば死んでいましたよ」 

 

試すだけのはずが何もできず死んでいたかもしれないとい事実に思わず呻く。

 

「おあ………。そうだったんだ…じゃあ名前って誰のかくの?」 

 

「そのヒトガタを使う人の……だから、蒼さんが遣うのであれば蒼さんの名前を書けばいいんです。そうすれば、そのヒトガタが蒼さんの代わりになってくれる」

「なるほど…わかった、ありがとう。この人形は念の為の持っていた方がいいよね…?」 

「そうですね……どうせもう使う人がいないなら、持っていたほうがいいですね。なにかあっても、一度は免れるでしょうから」 

「そう…あ、ありがとう 助かったよ。なにか手がかりになるかなあって思ってやろうとしてたからおれ死ぬとこだった」

「……き、気を付けてくださいね…?その、死んでしまったらもうなにもできないんですから、」

 

笑って礼を言えば、心配しているのか、慌てたような挙動を見せた。 

 

「…気をつけるよ」 

 

にこりと微笑む。

だいじょうぶ。頑張って生きるから見守っててって、そう約束したから。

 

………自分から死ににいこうとはしないよ。 

 

異界に来てからはや数日。

この異常な生活にも……慣れざるを得ないだろう。 

 

けれど、この世界は、だれにも優しくないから。

決して気を緩めないように。 

 

目が、覚めれば、きっと更に____………