【視点:四折あよ】
8月1日 23:45
……ふと目が覚めた。
テントの中で丸まって寝ている皆を起こさないように起き上がる。
懐中電灯を片手に光らせそっと抜け出すと、大きく伸びをした。
「ふあ~~~ぁ……なんか目覚めちゃったな~。ちょっと散歩でもしちゃおうかな?」
人気のない村を歩く。
ざざ、ざ、と静かに響く波の音が心地良い。
「夜の神社って雰囲気あるね~!真っ暗であんまり見えないけど!フラッシュ焚いたらいい感じの写真になるかな?」
思い出作りにと持参したカメラを光らせる。
カシャ。
遠くからだけでなく近くのも……と、神社の中に入り、懐中電灯を頼りに辺りを見渡す。
「あれ?なんだろ、あれ……」
……崩れた本殿の向こうに何かがある。
怪我をしないように気を付けながらそっと近づく。
それは、箱のように見えた。
人の頭より少し大きい程度の木箱が、倒れた建造物に隠れるようにして鎮座していた。
箱を囲むように注連縄が張られ、ひらひらと風に揺れている。
「神社の中じゃなくて外にあるなんて変なの。何が入ってるんだろ?」
そう、首を傾げながら、注連縄に触れようと。
……触れようとして、
………足元の石に気躓いてしまった。
ブツリ。
縄が、千切れる。
「わ……ってやば!ど~~しよこれ!」
慌てて立ち上がって、どうにか戻せやしないかと、右往左往して__……
……おかしい、と気が付いた。
先ほどまで波の音しかしなかったはずのこの村が、やけに煩い。
あちらこちらから、虫の鳴き声がする。
普通なら。
夏の夜に虫の声がするのは当然のことだ。
けれどもこの村は、来た時からずっと、生き物の気配が欠片もない、死に絶えた村だったはずで。
なら、この鳴き声はなんなのか。
異様な状況に思わず体が固まる。動けない。恐ろしい。
何か、してはいけないことをしてしまったのではないかと。
冷や汗が額を伝う。
それでもどうにかここを逃げ出して、皆のところに帰ろうと、足を進めようとした。
………動かない。
これは、違う、怖くて固まっているんじゃない、これは……
……誰かに足を掴まれている?
ごくり、と唾を飲み込んで、足元を照らす。
光の中、見えたのは、自分の足を掴む真っ黒な腕。
「ひ………っ!」
漏れ出る悲鳴はすぐに搔き消えた。
あよの背後、暗闇の向こう。真っ暗な海から這い出た何かに喉を掴まれたから。
おちていく。
暗く深い、海の中へ。
「や、だ………や、」
死ぬのだろうか。
こんなところで、たったひとり、誰にも知られずに?
ぐるぐると、頭の中を、記憶が駆け巡る。
これは罰なのかな。
あの日、あたしが███しまった、██の。
ああ、やだな、死にたくない。
くるくん。
せっかく止めてくれたのに、
ぜんぶ受け入れてもらえるかもって、
幸せになれるかもしれないって思えたのに、………
ずっと甘えっぱなしでごめんね。
落ちていく。
ゆっくりと、落ちて。
しにたくない。
涙が溢れて視界が霞む。
記憶の奥底で、声が聞こえた気がした。
『うん、ぜったい助けに行くよ。ピンチのときはおれのことよんでね』
「たすけて、そーくん、」
ごぽ、…………
【視点:日日景彦】
「あよさんがいない…?」
それは、四折あよがテントを抜け出して数十分後。
同じテントで寝ていた氷華が目を覚まして彼女がいないことに気づき、他のメンバーを起こしていた。
「こんな時間に一人でどこに行ってしまったんでしょうか…。心配ですね」
本当はこんな夜更けに、気が重たいけれど。
自分は教師として皆を守らなくてはいけない。
「探しに行ってきます。生徒に何かあったら大変ですからね」
そう言って上着を羽織る。
他のメンバーも皆心配なのかついてくるみたいだ。
ぞろぞろと連れだって真っ暗な村のなかを進んでいく。
………酷く煩い。
少し前までは、こんなに虫の囁きが聞こえていなかったはずなのに。
「あよさ~ん?どこにいるんですか~?」
声を張り上げるも、返事はない。
…やがて、神社の前までたどり着いた。
見上げれば、神社の向こう、……懐中電灯の明かりに照らされた靴がある。
一つは見知らぬ成人男性のサイズのもの。
もう一つは…見覚えのある、青と焦茶の女性ものの靴。
………あよさんが履いていたものだ。
まさか、海に落ちたのか!?
身を乗り出し、海を覗き込む。
……ぐじゅ。
酷く不快で奇妙な音が響いた。
じゅ、ぐりゅり、ゴキ、じゅるるぐちゅがりりボキじゅるぐじゅりめきごきぐちゃじゅりゅりごききぐじゅじゅくごりごり が ぐ じゅ、
それは海の中にいた。
巨大な下半身は真っ黒な鱗に覆われ、鈍い輝きを放ち。
人のような形をした上半身には奇妙に細長い瘦せこけた黒い手が何本も生えている。
真っ暗な波の中、酷く白い顔は、無数の蛆で出来ていた。
人の顔の形に蠢くぶよぶよに太った蟲。
ぶわりと広がる長い粘ついた黒髪。
有り得ない生物を目に鳥肌が立つ。
怖い。
怖くて逃げだしたい。
足が震える。
景彦の様子に気が付いた皆も何事かと同じ方を見__…気づいてしまう。
その化け物に。
そして……化け物の口元にある、見覚えのある淡い水色。
首元から血を流す、虚ろな目をした四折あよの姿に。
最初に悲鳴をあげたのは誰だっただろうか。
その声に反応したのか、それは顔のようなものをこちらに向けた。
海面を大きく揺らしながら、ゆっくりとこちらに向かい、そして、枯れ木のような細長い手が伸ばされる。
理不尽な死が、目前に迫っている。
後ずさる。
今すぐに皆を連れて逃げなければ。
いや、でも、あよさんはどうしたら、まだ助けられる?
ぐらぐらとゆらぐ思考。
気が付けばそれはもう目の前にいた。
「あ、」
死、
__________……、?
………来ると思っていた死は訪れなかった。
景彦の目の前に飛んできた鉈が、化け物の腕に食い込んだから。
「皆さん、今のうちに村の中央の家まで逃げてください。それはまだ村の奥までは来れません」
聞き覚えのない声がそう言った。
目線を向ければ、いつの間にいたのだろうか、真っ赤な着物を羽織った少年が傍にいた。
化け物の腕に食い込んだ鉈を引き抜くと、自分たちを守るようにして構える。
「己はこれを殺すことはできません、早く逃げてください」
「み、皆!一旦逃げましょう!」
弾かれたように叫ぶと、全員で一斉に駆けだした。
恐怖に胸を押しつぶされそうだ、涙が出る、それでも今は、とにかく逃げなければ。
中央へ。
彼の言葉を信じていいか考えている時間はなかった。
一際立派なその家の中へと入る。
昼間は崩れかけた廃屋だったはずなのに、今はまるで人が住んでいるかのような姿をしている家の中へと。
息を切らし駆け込むと、暫くしてから赤い彼が来るのが見える。
片手に鉈を、そしてもう片手であよさんを背負っていた。
____………
【視点:七辻朽木】
「皆さん、おそろいですか」
返事はない。
動揺絶望恐怖警戒、様々な感情が入り乱れ咄嗟に言葉が出ないのだろう。
目の前で知人が死んだのだから無理もないことだ。
答えを待たず、ずらりと並ぶ蒼褪めた顔を指を折って数える。
1、2、3……9人。
先ほどの彼女を除けば記憶にある通りの数。
欠けがないことを確認すると、そっと口を開いた。
正直、この人数に囲まれるのは苦手だけれど…致し方ない。
自分がすべきことを、しなくてはいけないので。
「えっと……皆さん、まだ、混乱しているかと思いますが。一旦、現状を説明します……ね」
「その、己は話すのは苦手なので、…すいませんが、説明が下手でもご容赦ください。
__まず、ここは現世ではない、です。異界……とでも、呼べばいいでしょうか。
とにかく、生きている人がいるべき場所ではありません」
「先ほど、えっと……四折さん?ですか。彼女は神社にあったものの縄を切ってしまいました。あれはこの異界を、ここにいるものを封印するためのものの一部です。
あれが切れてしまったので、えっと……封が解けて、皆さんは異界に引きずり込まれた。
今、この村から出ることはできません」
「すいません、……いつもなら、時間がよくなれば帰せるのですが、今回は事情が違うので、すぐに帰してあげれなくて。
己…あ、えっと、自己紹介を忘れてましたね…。
己は七辻朽木といいます。己も、皆さんが帰れるように手を貸しますので、どうぞよろしくおねがいします」
目線を彷徨わせながら、拙い言葉を紡ぐ。
それから、ひとつ息を大きく吐いて、両手をきつく握りしめる。
「ここからはここでの生活において、注意して欲しいことになります。
…まず、基本的に、この家が比較的一番安全なところです。
封が解けてる以上必ずではありませんが……とにかく一番マシかと。
客間に布団を用意しますので、寝るときはこちらで。
お風呂とかお洗濯はお手伝いします」
「次に、食事ですが……すいません、食事はお出しできませんので、皆さんが持っている…今ある食材?でなんとか……ええと、一応、前の人が残していったものがないか、見ておきますから。見つかったら持ってきます。
お水はこの家の井戸から汲んでください」
「それから……えっと、この村には己以外にも人がいますが、彼らとはなるべく関わらないようにしてください。彼らはまともな自我がありませんから、そうそう襲ってきたりはしないはずですが……念の為、避けたほうがいいです」
「後は……夜はなるべく外に出ないように。特に海岸付近には近づかないようにしてください。先ほどみたあれ……”お客さん”が、活動する時間です。…まだ完全に自由にはなっていない、ので…しばらくは、この辺りまで来ることはないはず、です。海にさえ近寄らなければ安全かと」
「とりあえずは、以上です……。何か、聞きたいこととか…困ったことがあったら、己を呼んでもらえれば行きます。村の中にあるものは……どうせ生きている人はいないので、自由に使ってもらって大丈夫だと、思います。
……今日は皆さんお疲れでしょうから、どうぞ休んでください。布団、運んできますね」
___………
小さく頭を下げ、一際目立つ赤を靡かせて朽木は部屋を出ていく。
それから暫くして、両手に薄い布団の山を抱えて戻ってくると、9つ揃えて畳の上に敷きつめた。
いろいろなことがあって疲れてしまった貴方がたは、やがてどろりとした睡魔に襲われ、眠りにつくだろう。
これは悪夢だと。
寝て、起きて、そうしたらいつも通りの日常が来る。
そうであればいいのにと願いながら__……
___………
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